「3億円事件」でも「グリ森事件」でもない“昭和の未解決事件”…27歳女性CAが変死した謎多き「ベルメルシュ事件」を週刊誌はどう報じたか
〈聖女と悪魔〉が同居している女性
遺体発見は、3月10日(火)朝だった。殺人事件と断定されたのが、11日(水)夕刻。 “第一報”を掲載した、週刊新潮3月30日号が発売されたのは、3月23日(月)である(当時は月曜日発売だった)。
この号の最終締め切りは、3月20日(金)~21日(土)だったと思われる。ということは、約10日間の取材時間がある。週刊誌としては、珍しく余裕のあるスケジュールだ。この間、記者は東京と、彼女が生まれ育った神戸を往復して取材にあたった。なにしろ、まだ容疑者はまったく不明である。ならば、Tさんの周辺を取材することで、怪しい人物が浮かび上がるのではないか……。
当時の編集長は、佐藤亮一(1924~2001)。“新潮社の陰の天皇”とも称された担当重役・斎藤十一(1914~2000)とともに週刊新潮を創刊した、初代編集長である(のちに新潮社の第4代社長となる)。
この佐藤=斎藤の指示のもと、できあがった“第一報”記事が、《スチュワーデス殺人事件 BOAC入社前後の出来事》と題する6ページのレポートである(1959年3月30日号)。この記事には、日本中がおどろいた。BOACスチュワーデスという華やかな外見の裏側に、まさか、こういう事実があったとは……。
記事のリード文には、こうあった――〈これは東京都下高井戸に起こった殺人事件の主人公を追ったものである。(略)波乱の多い短い人生だった。聖女と悪魔が彼女のうちに同居しているかのように見える女性だった。彼女の航跡はある意味で女性一般の宿命に通じてはいないだろうか。〉
〈聖女と悪魔〉が同居しているとは、いったいどういうことだろうか。記事は、Tさんの27年の生涯を追う。だがその前に、記事では、ある“ミステリー”が紹介されていた。
それは、Tさんの日本での住所である。彼女は、東京・中野の〈聖オディリア・ホーム乳児院〉の看護婦(当時の名称)をつとめ、同院の寄宿舎に住んでいた。だがBOACに入社するにあたって退職し、世田谷の叔父のもとへ引っ越すといって、新住所を届け出た。ところが、その住所は、実際には「空き地」だった。なのに、乳児院から発送した転出証明などの郵便物は、もどってきた気配がない。では、「空き地」あてに送付された郵便物は、どこへ行ってしまったのか……。
そして記事は、いよいよ、Tさんの〈聖女と悪魔〉の姿に迫っていく……。
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