涙の高木姉妹「比較される苦悩」を乗り越えて 日本女子最多更新10個の高木美帆と解説が際立った姉・菜那、姉妹の現在地
敬意を表して「高木選手」
スピードスケート女子1500メートルで惜しくもメダルは逃したが、今五輪で夏季を含め日本女子最多を更新する10個のメダルを獲得した高木美帆選手。この偉業の裏には、同じ競技で切磋琢磨し、引退してからは一 番の応援者として支えてきたであろう姉・菜那さんの存在も大きかったに違いない。
菜那さんはテレビ出演時の解説では立場を踏まえて「高木選手」と敬意を示し、それでも1000メートルのレース後には「妹・高木美帆」と呼んで、金メダルを目指しながらも銅メダルに終わった妹の心情を姉としての視点で思いやった。500メートルでは16年前のバンクーバー五輪以来の客席からの応援で妹の銅メダルに喜びを爆発させ、1500メートルで惜しくもメダルを逃した際には「かっこいい美帆の姿を見せつけてくれた」と涙声ながら解説を続けていた。
その菜那さんは2月16日、日本テレビ系「DayDay.」に出演し、「選手としてだと、いいなとか羨ましいなっていう気持ちがあって、心から応援できることって今までなかなかなかった」と、姉妹として競い合った複雑な心の内を吐露している。しかし昨年提出した筑波大学大学院の修士論文のテーマは「世界トップレベルの兄弟姉妹アスリートの競技生活における相互関係のあり様」。彼女は内なる「葛藤」に向き合っていた。
兄弟、姉妹でありライバルでもある――この関係がもたらす心の葛藤は菜那さんだけのものではない。「比較」の苦しみとは何か。菜那さんが問い直したこの「葛藤」について、スポーツ心理学にアドラー心理学を取り入れた第一人者・九州大学大学院准教授の内田若希氏は、誰かと自分を比較してしまう苦しみをアドラー心理学的な観点から分析している。新刊『意味ある敗北とは何か アドラー心理学で読み解くトップアスリートの言葉』より一部を再編集して紹介する。
***
「お兄ちゃんはうまくできているのに」
学童期(6~12歳頃)は、学校での学習や仲間との関係が始まる時期です。この時期の子どもは、競技スポーツで様々な練習に取り組んで成功体験を重ねることで、努力をすれば結果につながると学習していきます。逆に、失敗体験が多い、あるいは他のきょうだいや友人と比較され、自分が劣っていると感じた子どもは、不健全な劣等感を抱くようになります。
ジュニアアスリートの指導場面で、指導者やアスリートの親は、「お兄ちゃんはうまくできているのに」「A君は年下だけど、とっくにその技術を身につけているよ」と他の子どもたちとの比較をしてしまいがちです。このような比較は、子どもの練習に対する楽しさや熱意、自己肯定感を削ぎかねません。ささやかなうまくいったことに気づきながら成長できるように、子どもが努力してきたプロセスに対して絶え間ない勇気づけを行うことが大切になります。
父親に「比較するな」と怒った過去
スピードスケートの高木菜那選手は、妹の美帆選手とともに出場した平昌オリンピック(2018年)のスピードスケート女子団体パシュートで、金メダルを獲得しました。姉妹で金メダルを獲得し、私生活でも妹と仲が良い菜那選手ですが、高校生の頃は先に「天才」として有名になった美帆選手に対して、先を越された悔しさから「嫉妬していた」し、父親には「比較するな」と怒ったことがあるそうです。また、当時指導をしていた東出俊一さん(帯広南商業高校・元監督)には、オリンピックに出場した妹の美帆選手に対して「転べって思った」という胸中を明かしています(2018年2月16日 産経WEST)。
もちろん、菜那選手が、妹と比較されることへの反骨心を闘志に変えて必死に練習し、その後の金メダルへとつながったのだろうとも思いますが、一番身近で、ライバルでもある美帆選手に対して、このような気持ちを抱かずにはいられなかった菜那選手の苦しさは、いかほどだったのでしょうか。自分より優れたアスリートと比較したり、指導者や親からの評価を気にしたりすることは不要な悩みを生み、自信や自己肯定感の低下につながりかねません。
また、指導者やアスリートの親の中には、他のアスリートやきょうだいと比較されたくらいでめげたりせず、それを乗り越えるメンタルの強さがトップアスリートには必要だなどと言う人がいますが、それは詭弁ではないでしょうか。自分の目の前にいるアスリートや子どもと向き合い、彼ら・彼女らの心のうちを本当に理解できているのか、どのような成長のプロセスを辿っているのか、今一度考えてほしいと思います。
「競技開始期」において最も重要な存在とは
「自分軸」に沿って成長するプロセスが大切であり、他者比較の基準を持ちだす必要などないのです。そして、指導者や親から勇気づけられながら成長すると、自分自身のことを自分で勇気づけたり、チームメイトや周囲の人たちを勇気づけたりする力を子どもたちが育むことにもつながります。
また、親(家族)はアスリートのスポーツキャリアのすべての段階で重要な役割を担いますが、特に「競技開始期」において最も重要な存在になります。この「競技開始期」は、発達段階の学童期と重なります。学童期の子どもは、誰よりも親からの承認を望んでいるため、親が高すぎる水準を子どもに期待してしまうと、それを達成できない子どもは自分のことを低く評価してしまいます。
このため、アスリートの親は、子どもに対して結果をだすことを期待するのではなく、子どもに新しい経験を提供したり、子ども自身の興味に関心を持ったりすることや、子どものありのままの姿を承認しているときちんと伝えることが大切になります。
※本記事は、内田若希著『意味ある敗北とは何か アドラー心理学で読み解くトップアスリートの言葉』(新潮社)の一部を再編集して作成したものです。










