「ブス」「キモい」「消えろ」オリンピックで目立つ選手への誹謗中傷――卓球・張本智和選手は心無い言葉にどう向き合ったのか
2月6日から始まるミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック。オリンピックのような大きな大会時は多くの人がアスリートたちを応援し、その勝利に沸く一方で、XやインスタグラムといったSNSでは、アスリートや関係者が誹謗中傷により攻撃されるケースも目立っている。
パリオリンピックでは、国際オリンピック委員会の選手委員会が五輪期間中にオンライン上で8500件を超える誹謗中傷の投稿が確認されたと発表した。中には、「ブス」「キモい」「見ているだけで吐き気がする」といった容姿に対する心無い中傷や、試合に負けたアスリート(あるいは勝利した対戦相手)への「死んでしまえ」「消えろ」などの脅迫、「出来損ない」「ゴミ」「小学生以下」のような根拠のない人格否定など、競技スポーツとは無関係なものもあったという。
こうしたSNS上の言葉に対して、卓球男子団体・銅メダリストの張本智和選手はどう向き合ったのか。スポーツ心理学にアドラー心理学を取り入れた第一人者・九州大学大学院准教授の内田若希氏の新刊『意味ある敗北とは何か アドラー心理学で読み解くトップアスリートの言葉』より一部を再編集して紹介する。
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すべての人にとっての「正解」はない
SNSでは、気軽に投稿した文章や写真でいわゆる「炎上」をしたり、意図したものとは違う意味で伝わって誹謗中傷の対象になったりすることも少なくありません。SNSに精通する専門家によれば、アスリートは勝負ごとの世界に身を置いており、対戦相手のファンから攻撃を受けるだけでなく、自分のファンからも「自分ならこうしたのに」という価値観の押しつけにより、特に誹謗中傷の対象になりやすいとされています。
この価値観の押しつけをする人は、自分のメガネで見た世界が正しいと信じており、自分の意見や価値観をアスリートにわからせようとしているのです。ここで、いくらアスリート側が自分のメガネで見えている世界を説明しようとしても、いずれの意見や価値観が正しいのかを争うことになってしまいます。いわばマウントの取り合いになってしまい、誹謗中傷がエスカレートしかねません。
自分のメガネを通して見る世界は、あくまでも自分にとって「そう見える」「そう思える」という主観にすぎず、いつでも「すべての意見は唱える本人から見ると正しい」(『現代に生きるアドラー心理学 分析的認知行動心理学を学ぶ』)のです。これは、SNSにおいても同じです。このことを考える上で、「ロバを売りに行く親子」という寓話を紹介したいと思います。
ある日、父親と息子が、ロバを売るために市場へと向かって歩いていました。2人でロバを引いて歩いていると、通りすがりの人から、「せっかくロバがいるのに、乗らないで歩くなんてもったいない」と言われます。父親はその意見を聞いてなるほどと思い、息子をロバに乗せることにしました。
しばらく歩いていると、今度は別の人から、「元気で若い自分が楽をして、年老いた父親を歩かせるとは、なんて罰当たりな息子だろう」と言われてしまいます。そこで今度は、父親がロバに乗ることに変えますが、またすぐに「自分だけ楽をして子どもに歩かせて、なんてひどい父親だ。2人でロバに乗れば良いだろう」という人が現れたのです。そのため、父親と息子は、2人でロバに乗って市場を目指すことにしました。
すると、また別の人から、「なんてひどい親子だ。2人でロバに乗るなんてロバがかわいそうだ。ロバを思いやる気持ちはないのか」と言われてしまいます。最終的に親子は、1本の棒にロバの両足を縛って吊り上げ、2人で担ぐことにするのですが、その不自然な姿勢を嫌がったロバは、橋の上を通りかかったところで暴れだし、最後には川に落ちて流されてしまうのでした。
この寓話からわかるように、すべての人にとっての「正解」となるたった1つの答えは存在せず、その場にいる人の数だけ、各人にとっての正解(に見えるもの)が無数に存在するのです。万人に受け入れられる「正解」探しをすることは、多くの場合は徒労に終わってしまうのです。
「挨拶をしただけでも『挨拶してくるな』と言う人もいる」
この寓話と同様のことを、東京オリンピック(2021年)の卓球男子団体・銅メダリストの張本智和選手も語っています。両親は中国四川省出身ですが、張本選手は日本で生まれ、幼少期から全国大会でも活躍しており、2014年春に日本に帰化しました。張本選手は、両親が中国出身であることから、ネット上で誹謗中傷を受けることも少なくありませんでした。
このことに対し、張本選手は、「もし、自分がもともと日本人だったとしても、何か言われることはあるでしょうし、親が日本人であってもあると思います(中略)何をしても言ってくる人もいます。例えばですが、挨拶をしただけでも『挨拶してくるな』と言う人もいる。自分が100%良いことをしても、悪いことを言う人がいる」(2024年8月2日 THE ANSWER)と述べています。
心ない誹謗中傷に、きっと傷ついたこともあると思います。ですが、張本選手は、「気にせず、自分が正しいと思うことをしっかり一生懸命頑張ればいいんです」(同)と語っています。
誹謗中傷と建設的な批判を見分けるスキル
この張本選手が言う「自分が正しいと思うこと」を頑張るために、どのようなことが必要でしょうか。それは、「正解」探しをしたり、誰が正しいかを他者と争ったりすることに注力するのではなく、誹謗中傷と建設的な批判を見分けるスキルを身につけることではないかと考えています。誹謗中傷は、事実に基づかない人格否定や攻撃的あるいは侮辱的な言葉ですが、建設的な批判はあくまでも事実に基づく前向きな意見であり、より良いパフォーマンスにつなげるための改善点のヒントやアイディアを提示するものです。
それでは、誹謗中傷と建設的な批判の違いを考えてみましょう。日本代表のアスリートが前回の敗戦時と同じミスを繰り返し、また試合に負けてしまった場面をイメージしてみてください。その際に、「前回と同じミスで負けるなんて、バカなのか? お前みたいなのがよく代表になれたな」は誹謗中傷ですが、「前回と同じミスで負けるなんて、もう少し前回の敗戦原因を分析して、◯◯していればうまくいったのでは?」は、前回と同じミスで負けたという事実に対し、改善点を述べた建設的な批判になっています。
この場合、前者の誹謗中傷については反応する必要はなく、後者の建設的な批判の中で提案された改善点を吟味し、それを採用するかどうかをアスリートは考えたら良いのです。
※本記事は、内田若希著『意味ある敗北とは何か アドラー心理学で読み解くトップアスリートの言葉』(新潮社)の一部を再編集して作成したものです。











