右膝前十字靭帯断裂、半月板損傷、右足首負傷――オリンピックメダリスト「高橋大輔」「羽生結弦」がリハビリ中にしていたこと
2月6日に開催されるミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックには、大きな怪我から復帰し、この4年に1度の大舞台に立つ選手も少なくない。
女子では世界初となる「バックサイドトリプルコーク1620」(縦3回転、横4回転半)を成功させ、メダルが期待されるスノーボード女子ビッグエア日本代表の村瀬心椛(ここも)選手は、2018年12月、米国でのトレーニング中に右膝蓋骨(しつがいこつ)を粉砕骨折しているし、今季W杯で6勝しているスキージャンプ女子日本代表の丸山希(のぞみ)選手は、4年前の北京オリンピック直前に左膝前十字靭帯損傷の重傷を負い出場を逃している。リハビリを乗り越えて日本のエースに成長した彼女らの笑顔の裏に、どれほどの苦悩があったのか想像に難くない。
過去にも怪我に悩まされてもなお、結果を掴んできた選手がいる。フィギュアスケートの高橋大輔選手と羽生結弦(ゆづる)選手も怪我を乗り越えてきた人たちだ。練習ができない期間、彼らはどのように過ごしていたのだろうか。
スポーツ心理学にアドラー心理学を取り入れた第一人者・九州大学大学院准教授の内田若希氏の新刊『意味ある敗北とは何か アドラー心理学で読み解くトップアスリートの言葉』より一部を再編集して紹介する。
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「怪我が自分の慢心を気づかせてくれ、自分自身が進化するために必要な時間を与えてくれました(中略)怪我の前より着氷が柔らかくなりました。股関節の可動域が広がり、下半身の柔軟性が増したことで、苦手としていたゆっくりとした動きや深くて粘りのあるスケーティングの上達にも手応えを感じています」(2010年2月11 日 Sportsnavi コラム)
─―高橋大輔選手(フィギュアスケート)プロフィギュアスケーター/バンクーバーオリンピック銅メダリスト
「誰かに言われてやったわけではないです。自分の強みは、自分で考えて分析して、感覚として氷上に出せることだと思います。それができたということ」(2021年2月17日 NumberWeb)
─―羽生結弦選手(フィギュアスケート)プロフィギュアスケーター/オリンピック2大会金メダリスト
■「目に見えない結果」もある
人生とは、長い階段を一段ずつ上がっていくようなものと私は考えています。理想とする自分や望む目標が頂点にあり、その頂点を目指して私たちは階段を一段ずつ上がり続けているのです。記録や勝敗のような「目に見える結果」を残せない状況が続くと、その道のりの途中で立ち止まっているような気がしますが、勝利を掴んだり、記録を打ち立てたりした時にだけ、階段を上がるのではありません。
負けたり、良い成績を残せなかったりしたとしても、失敗を恐れず新たなスキルに挑戦してヒントを得たり、弱点を克服するために練習に取り組んできた手応えを感じたりすることもあるはずです。これらの「目に見えない結果」によっても、階段を確実に上がっていると思いませんか。どんなにささやかなものだったとしても、何らかの収穫が得られたならば、それは最終的な目標に向けて階段を上がっていると考えることができるのです。
みなさんは、試合展開や戦況が不利になった際に、試合に勝つことにこだわって失敗を恐れ、本来はその試合で試すと決めていた新しいプレーを放棄して、自分の得意なプレーに切り替えた経験がありませんか。挑戦を放棄して勝利が得られたとして、果たしてそれは階段を一段上がったことになるのでしょうか。
たとえ負けても、失敗しても、それらの結果は、課題や困難に挑戦して乗り越えようとした努力の証です。勇気を持って立ち向かい、挑戦した新しいスキルの手応えをわずかでも感じられたり、さらなる改善ポイントを発見できたりしたなら、それは階段を上がっているのです。
アスリート人生の危機に直面
同じように、競技スポーツには怪我がつきものであり、場合によっては長期間の離脱を余儀なくされることもありますが、練習や試合などの「競技スポーツを行う場所」にいる時にだけ、階段を上がるわけではありません。怪我の原因となりかねない日常生活での姿勢の見直しや、リハビリテーション中に身体の動きを細やかに確認して修正することで、復帰後のパフォーマンスに好影響を与えることもあります。
実際に、バンクーバーオリンピック(2010年)のフィギュアスケート男子シングルで、日本男子初の表彰台となる銅メダルを獲得した高橋大輔選手は、2008年秋の練習中に、右膝前十字靭帯断裂および半月板損傷を負いました。その後、休養は1年に及び、高橋選手はアスリート人生の危機に直面しました。半年間はスケート靴を履くことすらできませんでしたが、リハビリテーションの中で身体を見直し、復帰後のスケート技術は大きく改善されたのです。
この経験について、高橋選手は「怪我が自分の慢心を気づかせてくれ、自分自身が進化するために必要な時間を与えてくれました(中略)怪我の前より着氷が柔らかくなりました。股関節の可動域が広がり、下半身の柔軟性が増したことで、苦手としていたゆっくりとした動きや深くて粘りのあるスケーティングの上達にも手応えを感じています」と語っています。
近年では、インターネットの普及により、トップアスリートの試合を動画で視聴できるようになりました。また、スポーツ科学に関する最近の学術論文はオンライン・ジャーナルとして発刊されており、誰でも自由に読めるものも数多くあります。それらの動画を視聴したり、学術論文を読んだりして、自分の強みとして取り入れられそうな技術や戦略を学ぶこともできます。
「誰かに言われてやったわけではない」
同じフィギュアスケートの羽生結弦選手は、平昌オリンピック(2018年)での2大会連続金メダルが期待されていた2017年11月、NHK杯の公式練習中に右足首を負傷しました。オリンピック直前まで練習を再開できず、決して万全の状態ではありませんでしたが、4回転ジャンプを含むいくつものジャンプにチャレンジして見事金メダルを獲得しています。羽生選手は、怪我のために氷上での練習ができない期間、学術論文に目を通すなど自分にやれることを探し、全力で取り組んでいたそうです。
これについて、羽生選手は「誰かに言われてやったわけではないです。自分の強みは、自分で考えて分析して、感覚として氷上に出せることだと思います。それができたということ」と語っています。この言葉から、たとえ怪我によって制限や限界があっても、その中で自分に与えられている選択肢を探求してひたむきに取り組み、自分の掲げる目標に一歩ずつ近づいていったことがわかります。
高橋選手や羽生選手のように、たとえ「競技スポーツを行う場所」から離脱し、立ち止まっているように感じたとしても、自分の目標に向けて階段を一段上へと進むことができるのです。
補足になりますが、階段を上がっていくプロセスで、時に他のアスリートの階段が目に入ってしまうことがあります。そのアスリートが自分より上の段にいると、焦りや不安、嫉妬、葛藤などの感情を抱くこともあると思いますが、その階段は「そのアスリート自身のもの」であって、あなたのための階段ではないのです。一人ひとりに独自の目指している理想の自分や目標があり、そこへ到達するためにどのように階段を上がっていくのかは異なりますし、そのスピードも同じではありませんから、別の階段を上がっている他のアスリートを比較対象とする必要はないのです。
「欠点があってもなお」今の自分で良い
そして、自分の成長を測るために比較すべきは、過去の自分であることを覚えておいてください。理想とする「完全な自分」へ向かう階段の途上にいる不完全な自分は、過去の自分と比べれば確実に進歩しているし、着実に未来へと進んでいることを意識することが大切です。
そして、100パーセント完璧な人間などいないことを知り、「不完全な自分」を認めていきましょう。それは、「もし欠点を克服したら」ではなく、「欠点があってもなお」今の自分で良いと認めることです。つまり、私たちが心に宿す必要があるのは、不完全な自分を批判するスキルでもなければ、不完全な自分を嫌悪して別の何者かになろうとすることでもなく、その不完全な自分を認め、受け入れる勇気なのです。
また、指導者やアスリートの親は、アスリートや子どもが勇気を持って自分自身の階段を上がれるように、その人のプロセスに合わせた勇気づけを行うことが大切です。逆に、「~~選手はできているのに、なぜあなたはできないのか」と他のアスリートと比べて評価する言葉かけは、アスリートや子どもの勇気をくじく行為であると認識していただきたいと思います。
アスリートや子どもに対して、他者と比較してダメ出しをしたり、もっと頑張るように指示をしたりするというのは、指導者や親自身が、自分の望むようにアスリートや子どもが成長していないことに焦りや不安を覚えている可能性が高いといえます。その背景には、「良い指導者として/良い親として人から評価されたい」「アスリート/子どもが結果を出さなければ、自分の努力が報われない気がする」のような、自分自身の課題が潜んでいることも少なくありません。もし思い当たる節があるなら、それはあなたも、あなた自身を勇気づける必要があることを意味しています。
※本記事は、内田若希著『意味ある敗北とは何か アドラー心理学で読み解くトップアスリートの言葉』(新潮社)の一部を再編集して作成したものです。










