「おぢから大金をだまし取りつつ恨まれない方法」…中年男性を喰いモノにした「頂き女子りりちゃん」事件をビジネス的観点から読み直す

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徹底したアフターケアと頂く側の「覚悟」

 彼女の行為は、「おぢとの揉め事」の大きな火種になるのがふつうだが、前述の通り、名古屋の女子大生が逮捕されるまで、りりちゃん自身が罪を問われることも訴えられることもなかった。それは、「おぢに対するアフターケアの成果」だったといえる。

 つまり、りりちゃん流“頂き女子”の特徴は、金銭を受け取った後に「アフターケア」を徹底する点にあるのだ。多くの詐欺師が金を得たら姿を消すのに対し、りりちゃんはリスクを承知で関係を継続させ、「お金をもらった後こそ丁寧に接する」ことを重視する。おぢに「やっぱりお金目的か?」と思わせないことが肝心なのだという。

 アフターケアの方法としては、「ありがとう」「あなたがいなかったら私は死んでた」など感謝と依存の言葉を重ね、関係を絶たず自然消滅を狙うのが基本だ。返事の頻度を徐々に減らしつつも、完全には切らない。

 また、「メンヘラおぢ」への対応マニュアルも用意されており、感情的に怒るおぢには冷静に対応し、突き放すことが効果的とされる。脅迫的な言動にも過剰反応せず、「勝手にすれば」と突き放せば、やがて落ち着くという。

 マニュアルの最後では、「頂く側の覚悟」が必要だと強調される。支援される金は、おぢの人生の重みが詰まった金であり、それを受け取る自分にも精神的負担と責任が伴う。りりちゃん自身もその重圧に苦しみ、薬に頼ることすらあったと明かしている。つまり、これは詐欺ではなく“覚悟と演技”の上に成り立つ継続的あるいは断続的な関係構築なのだ。

 彼女は、おぢから金を得る際に「信頼関係の構築」を重視し、罪悪感を持たず「win-winの関係」を築いていると主張する。おぢの貯金は無意味で、自分こそ有意義に使えるという論理で自らの行為を肯定し、「おぢの最終的な意志でお金を貰っているのだ」として責任も感じていない。この一方的で身勝手な理屈は批判可能だが、同時に「高齢者より若者を優遇すべき」という現代的な空気とも親和的ではある。

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 むろんこうした見方について、犯罪者に好意的すぎる、詐欺師を賛美することにつながるのではないか、と批判する向きもいることだろう。しかし篠原氏が試みているのは、あくまでも彼女のさまざまな「能力」の解析である。マーケティング力、コミュニケーション力、危機回避能力……その総合的な「魅力」は逮捕後も遺憾なく発揮されることとなる。もっとも、それゆえに新たな「揉め事」が起きるのだが、それについては第2回でご紹介しよう。

篠原 章(しのはらあきら)
批評家。1956年山梨県生まれ。経済学博士(成城大学)。大学教員を経て評論活動に入る。主なフィールドは音楽文化、沖縄、社会経済一般で、著書に『日本ロック雑誌クロニクル』、『沖縄の不都合な真実』(大久保潤との共著)、『外連の島・沖縄』などがある。

デイリー新潮編集部

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