「ADHDを引き起こす遺伝子が、人類を繁栄させた」 『スマホ脳』著者が解き明かすADHDの真実

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食事を取らずにゲームをしてしまう理由

 では、とてつもない集中力を生み出す仕組みはどうなっているのでしょうか。これにも報酬系が関与しています。遺伝子操作によって脳でドーパミンを作れないようにしたラットは、飢え死にしてしまうことが知られています。無気力になり、口を開ける気力すら無くす。エサを差し出されても食べなくなるのです。

 普通なら食べ物を見るとドーパミンのレベルが上がり、食べるモチベーションが生まれます。ドーパミンが増えるのは「食べている時」ではなく、「食べ物を見た時」なのです。

 何かをしている時、別のものに関心を移す際も似たようなことが起きています。例えばゲームの最中に家族から「食事よ」と言われたら、ご飯が食べたくなりませんか。こんな時は脳でドーパミンが増えているはず。ところが、報酬系が不活性なADHDの人の場合、うまく関心が食事に移せない。だから食事も取らずに、今やっている、報酬系を活性化させてくれていること(例えばゲーム)に集中し続けるということが起こり得るのです。一時期、ゲームのせいでADHDになるという誤解が広まったことがありましたが、因果が逆なのです。

 また、ADHDの人はよく「集中力がゼロかマックスかのどちらか」だと言いますが、それは脳の報酬系が不活性である場合に起きている現象なのです。

 ADHDを生み出す原因をさらにたどると、遺伝子の違いに行き当たります。環境要因も無視できませんが、脳の生理的な働きが根本にあるので、しつけなどではなく、遺伝子の果たす役割が大きいのです。親がADHDの場合、子供もそうなる可能性が70%程という研究結果もあります。

原始時代、ADHDの傾向は生存に役立った

 不思議なのは、「困り者」と見なされがちなADHDが、人類の長い歴史の中で淘汰されずに今まで生き残っていることです。

 大昔、サバンナなどで狩猟生活を送っていた頃の人類にとっては、ADHDの傾向が生存に役立ったと考えられます。

 例えば、あるグループが皆で食べ物を探している時、ADHDの人は周りと同じような行動を取れません。茂みでちょっと音がしたり風が吹いたりすると関心がそちらに向いてしまう。しかし、それが結果的に獲物を見つけたり、敵や危険生物から身を守れることにつながったりする。原始時代のような環境では、広くアンテナを張って獲物や危険を察知し、瞬時に対応できるかどうかが命に関わったはずです。気が散って集団とは違う行動を取ってしまうADHDの特性は、人類を存続させるために役立ったはずです。

 ところが、人類が狩りをやめてから現代までは1万年ほどで、これは進化の見地からすると瞬く間。その間、人間の脳は基本的に変わっていないのです。

 サバンナでは役に立った特徴も、現代になるとADHDは教室やオフィスでうまく適応できないことが多い。集中力が発揮できるケース以外では、本来持っている強みを生かせずに、疎外されたり、生きづらさを感じている人も多いのではないでしょうか。しかし、次の事実を知れば少しは勇気づけられるかもしれません。

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