あなたがスマホを手放せないのはスマホが「ドラッグ」だから 精神科医が解説

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IT企業はアプリが“依存性を持つように設計”

 知り合いからのメッセージが届いていないか、関心のある出来事について新しいニュースが入っていないか、自分の投稿に「いいね」がついていないか、皆が注目している話題は何なのか、ゲームの「スタミナ」が溜まっていないか……。

 こんなことが気になって、一日に何度もスマホに触れてしまう。これは私たちの脳の仕組みがハッキングされた結果だ。「IT企業の多くは行動科学や脳科学の専門家を雇い、自社のアプリが最大限の依存性を持つように設計している」そう語るのはスウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセン氏だ。ハンセン氏は著書『スマホ脳』のなかで、最新の研究成果や脳の仕組みを解説しながら、スマホメーカーやゲーム会社、SNS開発者が人間の脳に備わっている報酬システムを利用し、利用者を依存症ともいうべき状態に陥れていると警告する。

 ハンセン氏はスマホは「最新のドラッグ」であり、大切な集中力を奪い取っていくと説き、それに対抗する手段として、「デジタル・デトックス」と「運動」を勧めている。同書はスウェーデンでベストセラーとなり、日本でも昨年11月に発売され現在40万部を突破するベストセラーとなっている。ハンセン氏に日本でもコロナ禍の状況下で、会社や学校などのオンライン化が進み、ますますスマホに依存する大人や子供たちが増え続けている現状を伝え、話を聞いた。

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新型コロナウイルスが与える影響は?

質問(1):コロナによる外出禁止で、大人も子供もデジタルデバイスの利用時間が増えたといわれます。スウェーデンでは、人々になにか具体的な変化が訪れていますか? 訪れているとしたら、そのことについてどのようにお考えでしょう?

ハンセン氏:何かをコメントするにはまだ早すぎます。現在、研究が行われていますが、まだほとんど発表されていません。外出規制や人々の交流が減ったことにより、多くの国で、子供たちが以前よりも運動をしなくなり、スクリーンタイムが増えていることがわかっています。抑うつや不安の兆候も増えていますが、これが隔離による孤独によるものであることは驚きではありません。このことにスクリーンの使用がどう関わっているのか、これについてはまだわかりません。メンタルヘルスの観点から、コロナウイルス感染症が長期的にどんな影響を及ぼすのか、これについてもまだわかりません。

 けれども、座りっぱなしでスクリーンに向かうという習慣は、現在では多くの人にとって当たり前のものになってしまっていますが、これはパンデミック後も続いていくだろうと危惧しています。例えば、テニスやサッカーをしていて、パンデミックの間は活動をやめている子供たちは、パンデミックが終息しても活動を再開することはもうないのでは、と心配なのです。

『スマホ脳』で指摘したように、人類には睡眠、運動、現実に人と会うことへの基本的欲求があります。こうした欲求は数百万年もの間に私たちに埋め込まれたものです。先祖たちがさまよっていた世界とはまったく違う世界に住んでいたとしても、消えてしまうものではありません。できるだけ気持ちよく過ごしたいなら、こうした深層にある基本的欲求のことを覚えておかなくてはなりません。そして、デジタル世界がこれらを奪っていることに注意しなくてはならないのです。睡眠時間は短くなっています。顔を合わせて会うこともなく、ますます座りっぱなしになっています。デジタル世界に住んでいても、私たちは基本的には狩猟採集民の脳を持っています。コロナ禍でも、そして「コロナ後」の世界でも、私たちはこのことをもっと考えなければならないのです。

デジタルで変貌する教育と課題

質問(2):日本では今年の春からICT(Information and Communication Technology)教育が本格化します。OECD37カ国中、スウェーデンは「1週間のうち教室の授業でデジタル機器を使う時間」がもっとも長いとされていますし、世界に先駆けてICT教育を導入していますが、子供たちにはどのような問題が生じたとお考えですか?  また、導入してよかったと思った点はありますでしょうか。特に、デジタル教科書の美点と問題点をどのようにお考えか聞かせていただけないでしょうか。また、スウェーデンではなにか生じた問題に対して効果的な対策が行われているのであれば教えてください(例えば運動の時間が増えたとか?)。

ハンセン氏:私は人間の認知に関心を持つ臨床精神科医であり作家であって、教師ではありません。ですが、いちばん言いたいのは、「教育現場でデジタルメディアが期待されていることの多くは、まだはっきりとは実現していない」ということです。これについて、スウェーデンでは2019年に議論がありました。そこへコロナウイルス感染症がやってきて、誰もがウイルスのことに集中するようになったため、現在はあまり議論されていません。

 本書のデジタル学習に関する章でのポイントは、デジタルの学習機器がすべていけないということではなく、それを教育に導入する前に科学的にどうなのかを確かめなくてはいけない、ということです。

 ICTは比較的新しい分野ではありますが、知っておくべき、しっかりとした興味深い発見が、多くの研究から生まれてきています。

●なによりも大切なことは、私たちは(大人も、子供やティーンエイジャーも)物理的な紙で読んだ方がよく学べるということです。紙で学ぶ方がよく学べる大きな理由は、デジタルの文章には「気を散らせるもの」がとてもたくさん含まれているからです。

●紙とスクリーンの違いというのは、さまざまなことに左右されます。集中するのが難しい子供は、デジタルな「気を散らせるもの」により敏感です。こうした子供たちにとっては、紙で読むことが特に大事になります。

●読解力に関する違いは、難解な文章の場合には最も顕著です。そのため、難しい文章には紙を使うべきです。

●スクリーン上で読んでいると、自分の理解力を過大評価する傾向があります。わかっていないのに「よし、わかったぞ!」と思ってしまうのです。

●子供やティーンエイジャー(そして大人)がスクリーン上で読むと、(紙で読むのに比べて)速く浅く読んでいます。細かな部分を学んでいません。

●どれくらい学んでいるのかに関しては、差が広がっています。すなわち、紙で読むことの強みが年々増しているのです。びっくりです! これからスクリーンに慣れていくのでは、と考える人もいるでしょうが、そういうことではありません。デジタルな「気を散らせるもの」に対する免疫ができることはありません。私たちは、年々、より敏感になっているのです。

●つまりはこういうことです。教室から物理的な本を捨ててしまわないでください!

●何かを本当に学んで、熟考し、思い出さなければいけない、というような難しいタスクについては、紙の書籍を使いましょう。メモは紙で取りましょう!

●大量の情報をあっちこっちとざっと読まなければいけない、あまり本質的ではないタスクの場合は、スクリーンでもよいかもしれません。

デジタルツールと「リアル」のバランス

質問(3):ある日本の脳科学者は、リアルで知ったことをデジタルで学び直すのは、バランスが取れていると思うが、最初からデジタルで学ぶというのは問題があるのではないかと言っています。例えば日本の子供は遊びで虫を捕ったり飼ったりするのですが、リアルのカブトムシを知ってからグーグルでカブトムシを検索するなら学習効果が高いだろうが、リアルなカブトムシも知らずにネット情報でカブトムシを学んでも仕方がないのではないかと言うのです。ハンセンさんはこの点についてどう思われますか? また、その延長線上にある質問ですが、リアルで知っている人同士がSNSで結びつくことと、知らない人がSNSで結びつくことは、なにが違うとお考えでしょう?(基本的な質問になってしまうのですが、スウェーデンではSNSは実名が主流ですか?) コロナ禍の日本では、特に若い人同士がSNSで知り合うことが増えているようなのですが、スウェーデンではどうなのでしょう。

ハンセン氏:素晴らしい指摘です。再学習や知識の深化のためには、スクリーンやデジタルメディアはよいかもしれません。多くの情報の中を行き来してざっくり読まなければいけないような、本質的ではないタスクにも、スクリーンはよいものかもしれません。

 ですが、すべてをググることはできません。世界を理解して、批判的な質問を挙げたり、情報を評価することができるようになるためには、実際のことを学ぶ必要があります。こうした深い知識を得るためには、前へ後ろへとジャンプしたり、マルチタスクしたりすることはできません。腰を据える必要があります。知識を消化する。深く学ぶ。こういうことには、紙の本の方がスクリーンよりも明らかに優れているのです。

 社会はどんどん複雑になっていて、私たちにはそのしくみに関する知識が必要です。昆虫や動物、政府についてまで、あらゆるものがその知識です。なんでもググることはできません。基礎となる事実を学ぶ必要があるのです。

 コロナ禍で、離れ離れになっていなければいけないとき、スクリーンは代えがたい命綱です。今は選択の余地がないのです! けれども、パンデミックが終息したら、実際に会わなくてはいけません。こういうことをすべてオンラインでの交流に置き換えることはできないのです。すべての社会生活がスクリーン上にある現在、ますます多くの人が孤独を感じるようになっているというのは、決して偶然ではありません。これは、私たちの社交欲求は、人々が互いに顔を突き合わせていた数百万年の間に発達してきた、という事実に基づいているのです。

 ソーシャルメディアを実生活の補完として使うなら、それは許容の範囲内だと私は考えています。友達と連絡を取り合うなどですね。でも、それが(実生活の)代替となっていて、スクリーン上で生活が完結しているなら、害を及ぼす可能性があります。女の子たちにとっては特にそうです。

 ですから、ソーシャルメディアを賢く使うためには、ソーシャルメディア上で積極的になるべきです。コメントしたり、議論したりなどですね。受け身にただ他人の画像をスクロールしないこと。そして、現実の生活での交流の補完であって、代替ではないんだ、と覚えておきましょう!

“集中力”が奪われている

質問(4):ハンセンさんは、現場の教員に向けた講演も行っていると聞きます。講演ではどんなことを話されるのでしょう?

ハンセン氏:外界と私たちの記憶をつないでいるのは集中である、ということを説明します。物事を学びたければ、集中しなくてはいけない、と。それから、私たちは注意をそらすものに対して脆弱である、ということも伝えます。私たちの脳はすぐに気をそらされるように発達しています。それが生き延びる助けになった。私たちはいつも周囲を確認しなければいけませんでしたから。そんなふうに人類は作られてきましたし、それを変えることはできません。デジタル機器は私たちの注目をしっかりとつかむよう開発されていて、勉強中に使ったり近くに置いたりするだけでも、私たちの気を散らそうとするのです。そして、教師と生徒の両方に向けてこう言います。勉強中は集中する必要があるから、部屋の中にスマホを持ち込まないように。また、こんなことも話します。スマホは睡眠の妨げにもなるので、眠りに問題を抱えているなら、睡眠導入剤のことなんて考える前に、「昔ながらの」目覚まし時計を買って、スマホは寝室に持ち込まないようにすべきだ、と。

 過去には人類の生存を助けた、太古からの脳の衝動が、今では注意散漫につながっていて、それをデジタル機器がハッキングしている。これを示すのが講演のいちばんのポイントです。デジタル技術に将来性があることは紛れもないが、私たちはデジタル技術をもっと賢く使わなければいけない、そしてデジタル技術には否定的な側面もあることを理解しなけれないけない、これも強調します。否定的な側面のいちばん大きなものは、私たちの注目がこれまで体験したことない形で奪われていることです。

「運動」という対抗策

質問(5):新作『The Real Happy Pill Junior』(英題)では、各小学校に、同書を低額で頒布する試みを行われていますが、それはなぜでしょうか。

ハンセン氏:(前作の)『一流の脳』という本では、身体を動かすことが脳にどう影響を与えるのかを書いています。私たちの全認知機能、つまり、記憶、集中、創造が、身体を動かすことによって高められることを示しました。この本がきっかけで多くの人が身体を動かすようになりました。

 スウェーデンの子供は活動的ではなく、WHOの勧告によれば、身体をよく動かしている子供の割合はたったの3割です(女子の方が割合が低く、わずかながら男子の方が高くなっています)。そのため、子供たちをやる気にさせられるかどうかを確かめるべく、子供向けの本を書きたかったのです。こうした本は、自分自身が運動をしている親が買っていくのが一般的です。でも、こうした環境にいない子供たちにこの本を届けたかった。そこで、スウェーデンの学校がこの本を少額の手数料でちゃんと注文できるようにしました。情報がすべての児童・生徒に届くことを確実にするため、基本的には10万冊の本を無料で提供したのです。科学の言葉を広めることができる、というのは気持ちがいいものです! 科学と知識はいろいろな役に立ちますが、誰もが理解できる形で紹介されなくてはいけません。

子供の“スマホ依存”と向き合う有効な作戦

質問(6):若者に大人のメッセージが伝わりにくくなっているという実感が日本ではあります(メディア不信が大きいのだと思います)。日本では各年代によって使うSNSが違ってしまっている現状もあると思うのですが、スウェーデンではそのようなことはないのでしょうか。ハンセンさんの著書は、科学的エビデンスをとても公平に、かつ丁寧に扱っていることが人々に受け入れられている要因のひとつだと思うのですが、一方で、日本の若者のメディア不信の原因の一つは、ファクトチェックの習慣を持てていないことに起因するように思います。公平な議論を展開する際のファクトチェックの重要性について、ハンセンさんがお考えのことがあればお聞かせください。また、ファクトチェックの習慣を身につける為の方法があれば教えてください。

ハンセン氏:スウェーデンでも同様です。けれども、もう行き過ぎてしまっている、毎日6、7時間もスマホを使っていて自分では制御できない、とティーンエイジャーたちが気づいている、というケースも多く見てきています。例えばですが、10歳から15歳までのスウェーデンの子供1200人を対象にしたアンケートでは、どちらかというと校内でのスマホ禁止を望む子供が6割にのぼる、という結果が出ています。スマホには気を散らすものがたくさんあることや、教室内に置いてあると何も学習できないことに、子供たちは気がついているのです。

 自分の著作で目指してきたのは、科学を明確に示すことです。つまり、運動をすると脳に何が起きるのか、フェイスブックなどによってあなたの注意力がどれほど奪われているか、を示すことです。そこからは、みんなが自分で決めればいいのです。多くのティーンエイジャーがこれに応えています。

 私からのアドバイスはこうです。ティーンエイジャーに喫煙防止を呼び掛けるなら、肺がんや病気について話さないでください。ティーンたちは気にしないですから。かわりに、巨大たばこ企業がどんなふうに喫煙者を巧みに操り、金を稼ぐために依存を引き起こしているのか、ということを話してください。ティーンはすぐに反応しますよ! 企業(や大人)に操られたくないですから。

 これと同じようにするんです。ソーシャルメディア企業によって、ティーンエイジャーたちの注意力が奪われていることを教えてください。こうした企業は高度なアルゴリズムを使ってスマホを手離すのを難しくさせている、ティーンエイジャーたちは搾取されている、と。

 私見ですが、こっちの方がずっといい作戦です。

日本とスウェーデンの共通点

質問(7):日本でも『スマホ脳』が売れていることについて、どのような感想を持ちですか? 日本とスウェーデンでなにか共通点があるとお考えになったことはありますか?(ないとは思うのですが)

ハンセン氏:日本でこんなに好評なことにとてもびっくりしています。日本に行ったことはありませんが、日本の文化は素晴らしいとずっと思っていました。日本とスウェーデンが似ているのは、新しいテクノロジーに興味を示すこと、それをいち早く取り入れることだと思うのですが、両国とも科学をよりどころにしているとも思います。私が本書で紹介している、新しいテクノロジーと科学が交差する地点は、おそらく日本でもスウェーデンでも人々の心に響いたことなのでしょう。

Anders Hansen(アンデシュ・ハンセン)
1974年生まれ。スウェーデン・ストックホルム出身。前作『一流の頭脳』が人口1千万人のスウェーデンで60万部の大ベストセラーとなり、世界的人気を得た精神科医。名門カロリンスカ医科大学で医学を学び、ストックホルム商科大学でMBA(経営学修士)を取得。

デイリー新潮編集部

2021年3月31日掲載

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