「大量の羊の死骸からサリンが…」「核兵器を本気で作ろうとしていた」 オウムがオーストラリアで進めていた驚愕の計画の全容

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狙われていた大崎警察署

 この時点でオーストラリア警察当局と効果的な連携が取れていたら、との思いも湧く。

 ところで、95年假谷さん事件の特別捜査本部が置かれていた警視庁大崎警察署も、テロの対象としてオウムから狙われていたのはあまり知られていない話だ。一連のオウム事件で同年3月22日の教団施設への一斉捜索以降、いわゆる“ガサ状”(捜索令状)や逮捕状を請求していたのは当時、大崎署の刑事防犯課長だった佐久間正法氏。

 同氏は5カ月間で540本ものガサ状を取り、麻原ら38人の逮捕状も取った。サティアンなどを捜索する際に、ガサ状に裁判官の名前と並んで請求者として書かれている「大崎警察署・佐久間正法」の名前が捜査員により読み上げられたため、オウムの中ですっかり有名人になってしまった。

 オウムは「諸悪の根源は佐久間にあり」と逆恨みし、佐久間氏の家族はジャージを着た丸刈りのオウム信者らしき男に追いかけ回されたり、ナンバーのついていない白い車に付け回されたりと何度となく身の危険を感じた。

大崎署に駆け込んできた脱会信者が「オウムを甘く見たら大変なことに」

 その佐久間氏から聞いた話が「大崎署サリン事件」である。実は「3月20日に地下鉄にサリンをまくと同時に、大崎署でも女装した男の信者が下着の中にサリンを隠して1階の女子トイレにまく」という計画があったという。

 地下鉄サリン事件の1週間ほど前、オウムから逃れてきた30代くらいの男性が大崎署に駆け込んできた。受付から連絡があり佐久間氏が応対すると、

「オウムを甘く見たら大変なことになりますよ。警察署はもっと厳重に警備しないとみなさん危険です!」

 とその男性が警告したのだ。事態を重く見た大崎署は、署長命令で出入り口にバリケードを設置したうえ、金属探知機を導入し、所持品検査も始めるなど厳重警備を敷いた。その結果「大崎署サリン事件」は幻となった。

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