「私がいなくなったら、警察に『オウムの仕業』と言って」 最後まで妹を守り亡くなった假谷清志さん監禁致死事件 記者が語る捜査機関の“負の連鎖”

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全4回の第1回

 オウム真理教教祖・麻原彰晃の逮捕から今年5月で30年。地下鉄サリン事件では14人の死者と約6300人の負傷者を出す大惨事となったが、捜査機関は“負の連鎖”でオウムの暴徒化を防げなかった。長年、オウム取材を続けてきた報道記者がその全貌を明かす。

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「きょうは雨の中の張り番か……」

 1995年5月15日。この日は早朝4時から半日以上、第6サティアン裏の検問所に立ち、オウム信者や車の出入りなどをチェックしていた。私は社会部の入社5年目の駆け出し記者だった。...

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