宇宙旅行はいつ普通のものになる? 南極ツアーは到達から100年で実現(古市憲寿)

  • ブックマーク

Advertisement

 19世紀は探検の時代だった。グーグルアースで世界中の衛星写真が見られる現代と違い、当時の人類には未踏の地が多く残されていた。欧州の探検家たちは、アフリカ奥地や中央アジアだけでは飽き足らず、北極や南極さえも目的地にした。

 正確には、19世紀は「探検・総決算」の時代だったのかもしれない。太古の昔から人類は探検を繰り返し、結果として世界中に散らばった。その人類に残された最後のフロンティアが極地だったのだ。

 19世紀中には間に合わなかったが、1909年にアメリカのピアリが北極点に到達、1911年にはノルウェーのアムンセンが南極点に到達した。ピアリの報告を疑問視する声もあるが、どちらにせよ1926年にはアムンセンが北極点に到達している。

 その北極点にも、今では観光ツアーで簡単に行くことができる。旅行会社のウェブサイトによれば、2021年に就航した「ラグジュアリー砕氷客船」は、映画館やスパはもちろん、シガー・バーや船上温水プールも完備。ディナーはあのアラン・デュカス監修だという。

 ノルウェー発着18日間のクルーズは、最も安い部屋で約530万円、最上級スイートで約1200万円。高いが命の危険はなさそうだ。

 南極点へもチャーター機を活用するツアーがある。ベースキャンプの宿泊となるので豪華な旅とはいえないが、旅行社のサイトは「南極の快適さに驚くでしょう」と説明している。お値段は約1千万円。こうして多数の死者を出した極地探検さえもお金で買える時代になったわけである。

 北極の場合、探検家の到達から「ラグジュアリー砕氷客船」の就航まで約100年だった。そう考えれば、いよいよ宇宙旅行の時代が来るのだろうか。人類初の宇宙飛行は1961年、月面着陸は1969年である。

 現在、民間人が宇宙ステーションに滞在しようと思ったら50億円以上。だが順調に計画が進めば(宇宙に関して順調に進んだ事業の記憶などないが)、まもなく2時間程度の宇宙旅行、お値段は数千万円といったツアーが相次いで始まるはずだ。2061年頃には「ラグジュアリー宇宙船」で2週間くらいのツアーが実現していてもおかしくない。

 しかし、である。それがビッグビジネスになるかといえば、相当怪しいと思う。結局は北極点や南極点くらいの人気にとどまるのではないか。恐らく2061年の人々も、相変わらずパリやラスベガスが大好きで、宇宙へ行くのは相当の物好きなのではないか。

 そういえばZOZO創業者の前澤友作さんの宇宙ステーション滞在は、宇宙への憧れを打ち砕くものだった。50億円も払ったのに、宿泊場所はユースホステルの相部屋のような空間。ご自身のYouTubeチャンネルでさまざまな「実験」をしていたがもちろん新発見などない。驚いているのは前澤さん本人だけ。再生回数も実験動画はそれほどではなく、一番人気は「宇宙から全員お金贈り!!」。地上でも宇宙でも同じことをするのだと感慨深くなった。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年7月6日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。