エネルギーミックスで電力の安定供給を図れ――井伊重之(産経新聞論説副委員長)【佐藤優の頂上対決】

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 第1次オイルショックから50年、新たなエネルギー危機が世界を襲っている。問題は燃料費高騰による電力料金の値上げだけではない。日本では電力自由化と再生可能エネルギー偏重の政策が安定供給をむしばみ、電力不足すら引き起こしている。資源なき日本の、これからのエネルギー政策を考える。

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佐藤 電力料金の値上げが大きな話題となっています。昨年暮れに東北電力や中国電力など大手5社が家庭用電力料金の値上げを国に申請し、今年1月には北海道電力、東京電力が続きました。

井伊 政府は2月から電気代に月2800円、都市ガスには月900円の補助をしていますが、現在出ている申請を見ると、30~50%くらい上がることになりますから、それでは全然追いつかないですね。

佐藤 オール電化だと、さらに大変でしょう。

井伊 そうですね。家庭用電力でオール電化だと、現時点でも月に10万円なんて家庭も出てきています。

佐藤 いま電力料金は非常に複雑な仕組みになっていますね。

井伊 2016年に電力自由化が行われ、大手電力会社の家庭用料金は、従来の標準プランである規制料金と、オール電化住宅、ガス・通信などのセット割引に適用される自由料金の二つがあります。

佐藤 今回、値上げを申請したのは、規制料金の方ですね。

井伊 ええ。その規制料金は、契約アンペアごとに決まる「基本料金」と「電力量料金」、それに再生可能エネルギーの導入を支援する「再生可能エネルギー発電促進賦課金」、燃料費の増減を料金に転嫁する「燃料費調整額」からなっています。燃料費の上昇が即時に反映されるのは最後の「燃料費調整額」だけで、大手10社は昨年の時点で、それが上限に達していました。

佐藤 つまり売れば売るほど赤字が膨らむ状態にある。

井伊 はい。ですから各社が値上げを申請したわけです。

佐藤 自由料金の方はどうですか。

井伊 規制料金より安く設定されてきましたが、燃料費の高騰で、現在では自由料金が規制料金を上回る逆転現象が起きています。大手電力会社の一部は、自主的に自由料金に上限を設けていましたが、これを撤回する動きも広がっています。

佐藤 電力自由化で新たに参入してきた新電力会社はどうですか。

井伊 家庭向けに電力供給してきた新電力の中には、地元大手電力会社への契約変更を促す通知を送っているところがあります。日本卸電力取引所で調達している会社は、LNG(液化天然ガス)の高騰で電力価格が上がり、軒並み経営状態が悪化しています。

佐藤 やはりウクライナへ侵攻したロシアへの制裁で、全世界のエネルギー原料の価格が上がっている。

井伊 実はその前の2021年から上がっていました。その年に、アジア地域で想定以上の寒さを記録し、中国をはじめとする各国でLNG需要が急増したからです。

佐藤 そこにウクライナ侵攻があり、一層深刻化したわけですね。

井伊 帝国データバンクが昨年6月に発表した「『新電力会社』事業撤退動向調査」によれば、新電力会社はすでに全体の1割超にあたる104社が倒産や廃業、電力事業の撤退や契約停止に踏み切ったといいます。

佐藤 惨憺(さんたん)たるありさまですね。井伊さんのご著作『ブラックアウト』(ビジネス社)には、そんな日本の電力供給が非常に不安定になっていることが描き出されています。しかもそれは電力自由化に伴う構造的な問題であるとも指摘なさっています。

井伊 昨年3月21日夜に、東京電力管内で初めて「電力需給逼迫(ひっぱく)警報」が発令されました。この時に節電を呼びかけられたことをご記憶かと思いますが、事態は深刻で、翌22日は東日本でブラックアウト(全域停電)寸前だったんです。

佐藤 さまざまな要因が重なったようですね。

井伊 この時は、3月16日に最大震度6強の福島県沖地震が発生し、14基の火力発電所が被災しました。その後、半数は復旧しましたが、19~22日に横浜の火力発電所が故障で停止した。そして22日は新型コロナウイルスの「まん延防止等重点措置」が解除された翌日で、経済活動が再開されようとしていました。そこに想定外の寒さが襲い、エアコンなど暖房向け電力需要が一気に膨らんだのです。

佐藤 これだけ重なれば致し方ない気もしますが、この時だけではない。

井伊 同年6月には東電管内で「電力需給逼迫注意報」が出されていますし、これまでにも危機はあったのです。それが隠しきれなかったのが3月22日です。

佐藤 つまり日本の電力供給基盤が脆弱になっているのですね。

井伊 電力危機の背景には、電力自由化に伴う火力発電所の稼働率の低下や休廃止、原発再稼働の遅れがあります。そして電力小売りの全面自由化により、管内需要動向の把握が難しくなったこともあります。政府のエネルギー政策は「S(安全)+3E(安定供給、経済性、環境性)」が基本ですが、最近のエネルギー政策は、環境性ばかりに重点が置かれ、安定供給が蔑ろになっているのです。一連の電力制度改革が、電力需給が逼迫する事態を招いたといえます。

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