「僕は母に愛されなかった。だから妻との間には…」 2度の不倫・再婚を“毒親”のせいにする50歳男性の苦悩

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三度目の結婚生活は幸せだけれども

 それ以降、彼は女性との関係に「諦めをつけて」仕事に打ち込んだ。30代から40代にかけては仕事優先の日々を送ったという。役員への道が見えるほどだったが、彼は出世にはこだわりがなかった。

「仕事が純粋に楽しいと思うようになったし、自分がしていることが社会に少しでも役立っていると思えるのが重要だと感じていました。仕事によってちょっとだけ成長できたのかもしれない」

 ところがコロナ禍に入って、思うように仕事ができなくなった。自宅でパソコン画面を睨み続ける日々は、彼には非常につらかったという。そこで彼はマッチングアプリに手を出す。孤独感が、誰かと知り合いたい、一から関係を育んでみたい思いにさせたらしい。

「2020年の秋に知り合った女性とメッセージのやりとりをするようになり、その年の暮れに初めて会いました。穏やかな感じのいい女性で、そこからつきあいが始まって。お互いにコロナ禍で心細かったのかな。一緒に住みたいねという話になって、昨年夏に結婚したんです」

 三度目の結婚である。相手は一回り下の里香さんだ。結婚前に子どもは希望しないと伝えていたのだが、最近、里香さんは「やっぱり産みたい」と言うようになった。

「里香は本当に穏やかな女性で、一緒にいると心がなごむ。僕の中のトゲトゲした感覚がなくなりつつあるのは里香のおかげだと思う。でもやはり僕は子どもはほしくない。自分の遺伝子を残したくない。母の遺伝子を断ち切りたいということでもある。それを里香に話したほうがいいのかどうか、なかなか決断ができなくて……。このままだとまたうまくいかなくなるのではないかと不安もあるし、でも全部白状したら里香に嫌われるのではないかとも思う」

 結果、彼が抱えている母への複雑な感情を話せないままだ。子どもの話をすると雅史さんが異様な反応をするからなのか、里香さんはその話をしなくなった。だが、雅史さんがどうしたら子どもをもってもいいと思えるようになるのか、考えを巡らせているのではないかと彼は邪推している。

「もしかしたら里香でも満たされることはないのかもしれない。何があれば自分の心が満たされるのかも、もうわからなくなってきました」

 自分の気持ちに区切りをつけたくて、彼は何年ぶりかで母の墓を訪れてみた。長い間、誰も来ていないのだろう。墓が寂しそうに見えたという。

「オレはまだまだダメだと思いました。何がダメなのかわからないけど、半世紀生きてきてもまっとうな男にはなれていない。漠然とそんなふうに思いましたね」

 ***

 親の子育ては過去のことだから変えられない。子としては、自身の育てられ方、愛情のかけられ方をどう肯定的に受け止めるか、もしくはネガティブな印象をどう変えていけるかが重要なのかもしれない。生まれ育ちを変えるのは無理でも、「親は親なりに、彼(ら)の方法で自分を愛したのだろう」と思えるかどうか。それによって自身の恋愛観や結婚観も少しは変化が訪れるかもしれない。

 亡くなった親からは、何をどう考えても反応は得られないのだから、お互いにとって都合のよい距離感を生き残った者が作り出すしかないのではないか。些細なエピソードを検証するより、ざっくり漠然と「とりあえず親子の縁があっただけの関係」と落とし込むことはできないのだろうか。

 何もかも完璧にすっきりさせなければいけないわけではない。何かをごまかしながら生きていってもいいはずだ。人を欺くわけではないのだから。自分にも親にも配偶者にも、「甘くゆるく、つきつめない」ことも必要なのではないだろうか。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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