不倫相手と密会した夜、自宅に帰ると… 不惑の恋を終わらせた“マネキン人形”と妻の“居直り”

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 そもそも「不倫をいけないもの」だと考える人がいることは理解しているが、現実に「不倫している人がいる」のも真実。不倫に陥ってしまったとき、どういう言動をとるのかは人それぞれで、善悪の判断はできない。【亀山早苗/フリーライター】

 高田陽一郎さん(45歳・仮名=以下同)にとって、不倫の恋は遊びではなかった。同時に家庭への責任もより痛感するようになって、自身が引き裂かれるような矛盾に苦しんだという。

「恋したのはマキという女性で、僕が40歳のとき。彼女は28歳、ちょうど一回り下で独身でした。仕事関係で出会った頃、彼女には婚約者がいたんですよ。だけど僕が結婚するなと言ってしまった。相手の男性も知っていたけど、彼がいい人だとは思えなかったから。とはいえ、僕が責任をとることはできない。離婚しようかと思ったこともあったけど、妻には非がないのだから」

 妻に非はないが、相性としては良くなかったから、陽一郎さんは悶々とした結婚生活を送っていた。結婚したのは28歳のときで、妻となったヒロコさんは29歳だった。押しかけ婚だと陽一郎さんは苦笑する。

「ヒロコは結婚するつもりで僕に近づいてきたんだと思います。同じ会社の違うフロアで仕事をしていたんですが、同期の友人に言わせると、当時、彼女は親からの“結婚しろ圧力”に苦しんで焦っていたそう。そこで誰か独身はいないかと見渡して僕に白羽の矢が立ったみたいなんです(笑)。僕はどこといって取り柄のない人間ですが、彼女は社内でも美人で物事をはっきり言う女性として有名だった。急に近づいてきた彼女に、最初びっくりしましたけど、そんな美人に言い寄られて悪い気はしませんでした。ただ、あとから聞くと、『陽一郎さんだったら尻に敷けるわよ』と、みんなで焚きつけたらしい。まあ、それは間違っていないんですけどね」

 そう言って陽一郎さんは「へへへ」と笑った。確かに妻が尻に敷けそうな夫に見える。だが彼には彼なりのプライドもあるはずだ。

「尻に敷かれる生活はそれなりに楽なんですよ。男の沽券みたいなつまらないプライドを捨てればそれですむ。だけど、ひとり息子が8歳になったころかなあ、専業主婦だった妻が仕事に出たんです。それが悪いわけではないけど、妻はけっこうあっけなく、かなりの収入を得るようになった。そうしたらあからさまに僕をバカにし始めて。僕自身、妻が専業主婦のときだって『養っている』とか『オレが稼いでいる』とか言ったことはありません。なのに妻は自分が稼いだら、『あなたももうちょっと頭を使って稼いだら?』と言う。会社員がどうやって収入を増やすんですか。妻の仕事の内容はよくわからないんだけど、ちょっと怪しい事務所に出入りしていて、僕が思うにネズミ講みたいなことをしていたんじゃないかと……。だから心配したんですよ。そうしたら、妻は『自分が稼げないからって嫉妬しないでよ』と言う始末で」

 そんなことから陽一郎さんの心は妻から離れていった。いや、以前から寄り添ってはいなかったのかもしれない。それまでは尻に敷かれていることをよしとしているだけで、実際には妻への心からの愛情は持ち合わせていなかったのではないだろうか。

「妻がそんなだからマキとつきあったというわけではないと、自分では思っています。マキを逃げ場にしたみたいに受け取られると、彼女がかわいそうだから。ただ、40歳になってもどこか満たされず、心がさまよっていたのは確かだと思います」

マキさんからの挑発

 マキさんは「この上なく優しい女性だった」と彼は言う。優しく辛抱強い。彼の後輩とともに3人で一緒に仕事をすることがあった。後輩が何度かミスをしたり、ダブルブッキングをしてミーティングをすっぽかしたりと非礼が続いても、彼女は決して怒らなかった。

「僕は彼を叱りましたが、なかなか直らない。彼女は同じ会社でもないのに『ミスをすることはあるけど、二度繰り返さないよう、きちんとメモをとりなさい』『こういうときは相手にこうやって謝るのが筋ですよ』と懇切丁寧に言い聞かせるんです。言わなきゃわからないヤツは言ってもわからないと僕は思うから、別の人間に代えましょうと提案したんですが、彼女は『じっくり育てたほうがいいんじゃないですか』と。若いのにどうしてそこまで辛抱強く接することができるのか疑問に感じるほどでした」

 その仕事が終わったとき、後輩は以前より確実に進歩していたという。それどころか自分の至らなさをマキさんに謝り、今後はこうしていきたいと仕事への姿勢を語るようにまでなった。

「後輩を育てるのに諦めてはいけないと彼女から学びました。お礼に彼女を食事に誘うと、どうしてそこまで辛抱強いのかがわかりました。彼女、両親が離婚して父親についたんですが、その後、若い継母がやってきて意地悪をされたんですって。だけど彼女はいつかわかってもらえるはずだと継母に親切に接していたそうです。彼女が18歳のとき継母が突然倒れ、救急車で運ばれた。彼女は毎日見舞い、リハビリを嫌がる継母をおだてたりなだめたりしながら寄り添って、継母は後遺症もなく退院できた。退院した日、継母は『罰が当たったのよ、私。今までごめんなさい』と言ってくれたそうです。だからこそ、彼女は人に優しくすればきっといいことがあると信じているって。僕、その話を聞きながら涙が止まらなくなりました」

 彼女のどこか悠然とした立ち居振る舞いの裏には、そんな大変な経験があったのかと心を動かされたのだ。その話をしながら彼の目が潤む。

 人はいくつになっても心のどこかに「純」な何かを持っている。そこを刺激されるとスイッチが入るのだ。特別に好きな映画や絵画があるのは、そういうことなのではないだろうか。そして相手が人なら、その人に惚れこんでしまう可能性もある。陽一郎さんが決定的にマキさんに惹かれたのはそのせいだろう。

「ただ、一回りも年下、しかもこちらは既婚であちらは独身。そう簡単に好きになったなんて言えません。たまに食事に誘うのがせいぜいでした。そんな関係が続いたとき、彼女が『社内恋愛している。結婚するつもりです』と言い出したんです。驚きました。相手は僕も知っている人だったんですが、例のうちの後輩がその人にいびられたことがあるんです。後輩がぼんやりだからいけないんだけど、そこまで攻撃しなくてもと思ったし、その人を人として信頼はできなかった。だから思わずマキに『あいつはやめたほうがいい』と言ってしまったんです」

 彼女は辛抱強く相手を変えていくことができる女性だ。それでも、あえて苦労をする必要はないと陽一郎さんは思った。

「じゃあ、あなたがつきあってくれますか、と彼女は僕をまっすぐに見て言いました。『既婚者だからという逃げはやめてください。結婚してくれと言っているわけじゃないんです。つきあってくれますかと言っているんです』と。つきあう先には結婚があるんじゃないかと僕は答えました。すると彼女、ニコッと笑って『私は別に結婚しなくていいんです』って。あの笑顔を見せられたら、自制心をなくしますよ。誰だってなくす。断言できます」

 彼の言い方がおかしくて、ついクスッと笑ってしまった。彼もえへっと笑いながら、「挑発されて、自分が男だと確認したくなったのかもしれませんね」とつぶやいた。女性の挑発に乗らないと、男は男がすたると思いがちなのだ。それがわかっていて挑発する女は、おそらく男にとっては「いい女」なのだろう。

 つきあい始めると、彼女は最初の挑発に似合わず、やはり彼の立場を慮ってくれるほうの「いい女」だった。

「彼女の家の近くで食事をしたり、彼女と一緒に食事を作ったり。でも彼女は必ず終電には間に合うように『帰って』と言うんです。今日はいいよ、泊まりたいと言っても泊まらせてくれませんでした。だから3年ほど、誰にも知られず密かに関係を続けられたんです。一度だけ一泊旅行したことがありました。温泉に入って、あとは観光もせずに部屋にこもって愛を交わす旅で、こんな幸せがあっていいのかと思うくらい楽しかった」

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