「気に食わない人」との人間関係はどうすべき? 相手を変える、が割に合わない理由(古市憲寿)

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 誰かに辛く当たったり、きつい言葉をかけてしまって、自分が嫌になる瞬間はないだろうか。だけど、それは自分が悪いというよりも、環境や相性の問題であることが多い。

 ついつい人は「本当の自分」や「自分の本性」があると考えがちだ。「自分」なるものを探して、バックパックを背負う旅が流行した時代もあった。だが旅先に「自分」なる存在が落ちていて、それを偶然見つけるなんてことがあるわけない。

 なぜなら「自分」は、環境によって変化するのが当然だからだ。バックパッカーとしてアジアの片隅を訪れ、夕日に感動したり、一期一会の人々と優しく言葉を交わす商社マンがいたとする。彼は日本に戻ると、慌ただしい日々に忙殺され、空を見ることもなく、街で人とぶつかっても謝りもしない。

 どちらが本当の彼なのか、という議論に意味はない。単純に、余裕があるかないかで人間は変わるというだけの話だ。

 環境が引き起こす犯罪は多い。山口県阿武町の誤入金騒動が記憶に新しいが、町のミスが一人の犯罪者を生んだ。そして日本のデジタル化が進んでいれば、そもそも町の職員によるミスも起こらなかっただろう。

 もちろんどんな環境に置かれても清廉潔白で居続けられる人もいるだろうが、誰もがそんなに心を強く持てるわけではない。お金を扱うプロであるはずの銀行員でさえ、幾度も横領事件を起こしているのだ。

 人は相手によっても変わる。蒼井優さんが結婚した時に、「『誰を好きか』より『誰といるときの自分が好きか』が重要」という言葉が話題になった。蒼井さんが歌手のヒャダインさんに伝えた考え方だという。いくら相手のことが好きでも、緊張したり、見栄を張ってしまうことがある。それよりも「自分」の状態を起点に考えた方がいい。

 同様の理由で、ついイライラしてしまったり、気に食わない人がいたら、できる限り関係を持つべきではない。客観的にどちらが悪いかを検証することができたとしても、お互いの相性が悪いというのは事実である。相手のいいところを見つけようとか、自分の心を落ち着かせようとか、そのような努力を重ねるくらいなら、距離を置くのが最もシンプルな解決法だ。

 職場の同僚や、ご近所さんなど、簡単に付き合いを止められない場合もあるだろう。その時は一工夫が必要だ。信頼できる上司や、第三者に相談して、できるだけその人と会わなくて済むようにしてもらったり、とにかく距離を置くに限る。

 もちろん相手を変えようとしてもいい。相手が、自分にとって好ましい性格や行動をしてくれるように環境を整えるのだ。だが当然ながら、膨大な時間と労力がかかる。抜本的に環境を変えない限り、人間はなかなか、変わらない。形状記憶合金のようなもので、改心したつもりでも、すぐ元に戻る。

 転居や転職は大仕事に違いないが、他人の行動を変えるという壮大なプロジェクトに比べれば、はるかに簡便である。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

2022年6月23日号掲載