ステイホームで衰える「二つの筋肉」の鍛え方 歩行機能、消化機能にまで影響

ドクター新潮 健康 運動

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 命を守るためのステイホームには落とし穴がある。運動不足による健康被害が後を絶たないが、特に影響が大きいのが腸腰筋(ちょうようきん)、大腿筋膜張筋(だいたいきんまくちょうきん)である。これらが縮むと姿勢が悪化し、歩行機能から消化機能まで低下しかねない。だが、自宅でカンタンに矯正できるのだ。

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 新型コロナウイルスの感染が広がって、早くも1年余りが経ちました。その間、生活様式がそれまでと大きく変わって、姿勢や体形、それに体調を維持できなくなっている人が、少なくないという状況にあります。私のもとを訪れる患者さんの間にも、その傾向が確実に強まっています。なかでも最近気になっているのが、腸腰筋および大腿筋膜張筋の変調です。

 腸腰筋とは、腸骨筋と大腰筋の総称です。身体の深くに位置する深層筋と呼ばれる筋肉のひとつで、ダイエットエクササイズや体幹トレーニングでよく聞かれるインナーマッスルという言葉に置き換えれば、ピンと来る人も多いのではないでしょうか。

 一方、大腿筋膜張筋は、聞きなれないという方が多いと思います。これはいかにも筋肉らしい赤色が、下部は白くなって腸脛靭帯(ちょうけいじんたい)に切り替わるという、おもしろい筋肉です。知名度が低いわりには非常に重要な役割を果たし、脚の上げ下げや、ひざの関節の倒し込みなどに影響し、歩行全体を支配していると言っても過言ではありません。

 最初に腸腰筋から説明しましょう。コロナ禍が続き、椅子に座って過ごす時間が長くなったという方が多いと思います。しかし、その椅子が長時間座るのに適したものでない場合、座っているときの姿勢が崩れやすいのです。結果として、骨盤が後ろに倒れて猫背になってしまいます。そうなると腸腰筋が縮んで、それによってさらに姿勢が悪くなります。そしてついには内臓下垂を引き起こした挙句、内臓の代謝、すなわち食物を消化する機能が低下してしまいます。すると腎臓の不調につながって頻尿になるほか、排便トラブル、つまり便秘も引き起こします。

 また腸腰筋が縮むと、副交感神経の機能低下にもつながります。寝つきが悪くなって眠りが浅くなり、夜中にトイレに行きやすくなったりします。

 続いて、大腿筋膜張筋です。50代以上の人はこれが縮み、硬く張ってしまっていることが多いのです。仰向けに寝たときに足先が内側に倒れなければ、大腿筋膜張筋が縮んでいると思ってください。こうなると、男性に多いのですが、脚が上がらなくなり、着替えるときなどに苦労します。

 さらには、鼠蹊部から足先までの筋肉全体が縮んでしまい、結果、ひざの関節が詰まって、変形性ひざ関節症の大きな原因にもなります。ひざの軟骨が失われて人工関節を入れる必要が生じたりします。

 このように、私たちの姿勢を左右し、ひいては、健康を維持するうえでも大きなカギを握っているといえるこれら二つの筋肉ですが、ステイホームが推奨される現況では、どうしても縮んでしまいがちです。ですから、よい状態を保つために、意識してエクササイズをしてほしいと思います。

 いまからその方法をお伝えしますが、それは決して難しいものではありません。だれでも家にいながら、気軽に取り組める内容です。

腸腰筋を伸ばす

 エクササイズに入る前に、1.ご自身の姿勢を確認しておきましょう。腸腰筋が縮んでいると猫背になるので、立ち姿をたしかめます。aは健康な立ち姿、つまり腸腰筋が伸びている人の立ち方です。それに対し、腸腰筋が縮んでいると、bのように立ち姿がゆがんでしまいます。

 お腹の奥の腸腰筋が正しく伸びていると、意識しなくてもよい姿勢になります。ところが、それが縮むと体が前面に引っ張られて、姿勢が崩れてしまいます。要するに、腸腰筋こそが、私たちの姿勢を制御しているのです。

 さて、腸腰筋を伸ばすエクササイズに入ります。最初に、2.仰向けに寝てください。そして、ひざを立てたら、腸腰筋を構成する腸骨筋と大腰筋を指先で押していきます。それらは骨盤の内側と、さらに奥にあるので、そこを力いっぱい押してください。痛みが出ない程度で結構ですが、この体勢から押してもあまり力が入らないので、加減する必要はないと思います。

 2、3カ所を、およそ10秒ずつ押し続けてください。うまく押すことができない人は、キャップを下にしてペットボトルで押すといいです。これを1日1回、寝る前に行ってください。そうすると副交感神経が活性化するので、眠りが深くなるという副次的な効果も得られます。

 続いて、3.うつ伏せになって、そこから上半身を反らしていきます。ヨガにおける「コブラのポーズ」に近いもので、恥骨を床に押しつけるイメージで行うのがコツです。上半身を反らした状態で動きを止め、この状態を1分間ほど維持してください。

 これだけで下腹がかなり引っ込みます。そして、腸腰筋が伸び、ゆるんできます。1分間も続けるなんて無理だ、という場合は、分割して行っても構いません。20~30秒ずつ続けて、合計で1分を超えていれば大丈夫です。

大腿筋膜張筋をゆるめる

 次に大腿筋膜張筋ですが、こちらも最初に、どの程度張りつめ、どの程度縮んでしまっているか、現状を確認することから始めましょう。4.仰向けに寝て脚を垂直に上げてください。大腿筋膜張筋が正常な状態なら、60歳を超えていても、aのように70~90%ほどは上がります。ところが、大腿筋膜張筋が張っていると脚がそこまで上がらず、ひどい場合はbのように、30~40%ほどしか上げることができません。

 次に、5.仰向けに寝た状態のままで、今度はつま先を内側に倒してみてください。普通に倒れれば問題ありません。ところが、つま先が真っすぐのままで、少しも倒れない人が少なくありません。大腿筋膜張筋が張っているからです。

 6.仰向けに寝たまま、立てたひざを内側に倒すことでも確認できます。大腿筋膜張筋がパンパンに張っていると、ひざがまったく倒れません。

 三つのポーズでこの筋肉の張り具合を確認してもらいましたが、50代以上の人のおそらく半数以上、男性にかぎれば3分の2以上が、脚がうまく上がらず、また倒れません。60歳を超えると、そういう人の割合が圧倒的に高まります。歩きにくくなった、脚が上がらない、ズボンや下着の着脱に困難が伴う、といった場合、ほぼ大腿筋膜張筋に原因があると思ってもらって間違いありません。

 では、いよいよエクササイズです。7.仰向けに寝たら、a片方の脚を上げ、b寝かせたままの脚の側に倒しましょう。その際、手を使わずに倒せるところまで倒し、その状態を30秒から1分ほど保ちます。これを左右の脚で行ってください。一般的なストレッチとしても、とても有効なエクササイズです。

 次に、8.座って脚を組んだら上半身をゆっくりと前に倒します。片側の脚に、もう片側の脚のくるぶしを乗せ、組んでください。

 これら二つのエクササイズでも十分ですが、余裕があれば、道具を使ったエクササイズも有効です。タオルなどを丸めて直径5センチほどのかたまりにします。ペットボトルなどを使っても構いません。その上に大腿筋膜張筋を乗せ、押し伸ばすのです。

 9.体の側面が下になるように、横向きに寝てください。そうしたら、丸めたタオルかペットボトルを、大腿筋膜張筋の下、腰の辺りに置いてください。その状態を3~5分間ほど保つだけで効果が得られます。

 多くの人が、ジムやヨガ、エクササイズなどに通う機会を、コロナ禍に陥る前にくらべて大きく減らしています。1年前には、すでにそうした状況でしたが、当時はこれほど長く続くとは予想しませんでした。そして現在も、このコロナ禍がいつまで続くのか、見通せないままの状況です。

 運動どころか外出する機会自体が減って、あまり体を動かさなくなったり、あるいは、悪い姿勢のまま過ごす時間が増えたりし、結果として、身体が健康でない人が、明らかに増加しました。私が患者さんを通してみるかぎり、それは特に骨盤まわりや普段の姿勢に顕著に表れています。

 その主たる原因は、ここまで述べてきたように、腸腰筋と大腿筋膜張筋という二つの筋肉に、大きなストレスがかかっていることにある――。それが私の見立てです。

若々しい姿勢と健康の維持に

 オフィスの椅子に長く座り続けるのも、骨盤への負担を考えると、決してよいことではありません。しかし、オフィスの椅子のほうがまだしも、仕事で長く座ることを前提に作られています。片やダイニングチェアやソファは、そもそも長く座って仕事をすることを想定して作られていません。床で仕事をする人も多いと聞きますが、そういうこともふくめ、リモートワークやステイホームの盲点があった、という指摘もできると思います。

 そして、これら二つの筋肉の変調をそのままにしておくと、首、肩、腰の痛みに始まって、慢性疲労や無気力、思考力の低下などにもつながっていきます。つまり、身体全般だけでなく、心の不調にもつながりかねないのです。

 それだけではありません。ここまで述べてきたことから、もうおわかりかと思いますが、これらの筋肉の変調は、見た目の姿勢にも如実に表れます。「老人のような姿勢」を甘受するか、いつまでも若々しい姿勢を維持するか――。それによって、他人に与える印象はもちろん、自分の気持ちの持ちようも変わってきます。いつまでも若々しい姿勢でいられれば、身体全体の健康によい影響がおよぶことになり、ひいては長寿にもつながっていきます。

 だからこそ、腸腰筋と大腿筋膜張筋が縮んでいたら、いまのうちに元に戻しておくことが、きわめて大切なのです。それを怠ると、新型コロナウイルスの感染がいよいよ収束したとき、元の生活に戻るのが困難になってしまいかねません。元の生活のリズムをつかむのに苦労しないように、今回紹介したエクササイズを通して、ポストコロナの時代に大きく羽ばたける体づくりをしておきましょう。

清水六観(しみずろっかん)
骨格矯正士。明大柔道部時代から数々の整体を学び、独自の理論による整体術を確立。体形が崩れる原因として骨盤のゆがみに着目した。骨格矯正と健康指導の「ろっかん塾」院長(東京都杉並区高円寺南4-27-18 6階、電話03-5929-7042)。近著『眼圧リセット』(飛鳥新社)がべストセラーに。

週刊新潮 2021年4月29日号掲載

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