指導者で巨人復帰の悲願達成、「桑田真澄」の人間力を磨いた30億円借金問題

スポーツ 野球 2021年1月26日掲載

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バブル崩壊で借金王

 年が明けたばかりにもかかわらず、桑田真澄氏(52)が巨人のコーチに就任したというニュースがストーブリーグを独占している。確かに、それだけのインパクトがあった。現在も多くのメディアが続報を載せ、桑田氏の一挙手一投足を伝えている。(註:以後は敬称略)

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 1月12日、桑田は監督の原辰徳(62)と共にオンライン会見に出席し、1軍投手チーフコーチ補佐への就任が発表された。

「本当にうれしかった。そのひと言に尽きる」――印象的な感想を口にすると、さっそく仕事を開始した。14日には神奈川県川崎市のジャイアンツ球場を訪問。初日を迎えた新人合同自主トレーニングを視察した。

 スポーツ紙も世論も、桑田の現場復帰を歓迎する声で一色となった。しかし、彼の経歴を振り返ってみると、ある疑問が浮かぶ。

 桑田は1986年から2006年まで巨人でプレーし、2007年にはピッツバーグ・パイレーツに入団。最初はマイナー契約だったにもかかわらず、6月に39歳70日でメジャーデビューを果たすという“快挙”を成し遂げて引退した。

 引退後は野球解説者となり、09年には早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程1年制コースに合格。13年には東京大学の硬式野球部で特別コーチを務めたことも話題になった。

 引退後の様々な活動が、プロ野球でのコーチ、監督就任を目標にしたものであることは明白だった。しかし、これまでそうした機会は全く訪れなかった。なぜなのだろうか。

“巨人一筋”だった桑田

 ニュースサイトのTHE PAGEは1月14日、記事「巨人大物OBは桑田氏入閣をどう思ったのか…『いまさらなぜ?タレント軍団への刺激と指導者経験なしの不安』」を配信した。

 巨人OBの広岡達朗(88)に取材したインタビュー記事なのだが、広岡は冒頭で“桑田コーチ”誕生の遅さに疑問を呈した。

《「15年間もユニホームを着ていなかった桑田が、いまさらなぜなんだ? おかしいなと思ったのが、このニュースを聞いた第一印象。キャンプ前のタイミングといい、彼を入れた理由がよくわからないし、そもそも15年間もなぜ在野にいたのかもわからない」》

 長年にわたって桑田を取材してきた記者は、「実際のところ、他球団からオファーはあったのです」と明かす。

「ロッテが監督を依頼するなど、巨人以外のチームからは声をかけられていました。桑田さんは、そうした話を全部断って、“浪人生活”を延々と続けていたのです。その理由は、指導者として巨人のユニフォームをもう一度着たいと執念を燃やしていたからに他ありません」

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