宮内義彦(オリックス シニア・チェアマン)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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日本人がやさしくなった

佐藤 規制改革はまさに平成の時代に重なります。宮内さんは日本経済が停滞した30年間をどのようにご覧になっていますか。

宮内 昭和の後始末を30年間かけてやってきたのだと思います。戦後、日本が急成長して、社会にはさまざまな歪みが出てきていた。それをノーマライズ(正常化)してきたわけです。ただ経済に関しては、後始末がまったくうまくいかず、停滞してしまった。

佐藤 規制改革に達成感がないとおっしゃるのもそのせいですね。

宮内 ええ。一方で、その30年間で、日本人が新しい日本人になってきたな、と思うことがあります。

佐藤 それはどういう意味ですか。

宮内 昭和の時代は誰もが上を向いていましたよね。明日は今日より偉くなるとか、お金をもっと稼がなきゃいけないとか、上昇志向が強かった。平成になるとそれがなくなり、社会を何とかしなきゃいけない、という意識も薄れてきた。

佐藤 これまでの体制を壊すことが怖いという気持ちが、多くの人の中にありますね。それによって中流から下流に落ちてしまうのではないかという恐れが強い。

宮内 「少年よ、大志を抱け」の時代は過ぎ去った。別の言い方をすれば、日本人はやさしい人間になったんだと思います。それは悪いことではないけれど、本当のやさしさには強さがないといけないと思うのですよ。

佐藤 その通りです。いま学生を教えていて感じるのは、結果ではなくそのプロセスを認めてくれ、という傾向が強いことです。結果は出せなかったけども、こんなに勉強しています、とノートを見せてアピールしてくる学生が多いんです。

宮内 なるほど。

佐藤 跳び箱が跳べない子供がいると、みんなが声援を送り、その子は跳び箱の前で立ち止まりながらも、そこによじ登り向こう側まで行く。それでできたことにするそうです。跳べないのは個性で、それでも頑張ったところに評価を与える。それも一種のやさしさでしょうが、エリート層がそうだったら社会は壊れます。

宮内 背景には、少子化で一人っ子が増え、みんながお坊ちゃんお嬢ちゃんになってしまったことがあるのでしょうね。子供が少ないのは本当に考えものです。

佐藤 プロレタリアートの本来の語源は、資産がなくても子供はいる人たちのことです。子供がいなければ、プロレタリアートにも入らない。

宮内 そうでしたか。

佐藤 そうなると資本主義、社会主義、奴隷制に関わりなく、社会の再生産システムが機能しなくなります。いまの消費水準を維持するために、家を諦める、車を諦める、子供を諦めると進んでいくと、非常に危ない。

宮内 それは衰退への道筋です。

佐藤 結果より過程を重視するようなやさしさと、この衰退のプロセスはどこか通じている気がしますね。

宮内 おっしゃる通りです。

佐藤 これを克服するには、どうすればいいと思いますか。

宮内 やっぱり教育でしょうね。

佐藤 岩盤規制の一つですね。

宮内 日本の大学は、非常に問題だと思います。文系理系と分けて、数学がわからなくても経済の勉強をしているのは非常におかしな話です。そもそも学生よりも先生中心になってしまっている。

佐藤 世界から見ると、日本の大学は独自の生態系になっています。

宮内 だから国際競争力も失ってしまった。

佐藤 日本の教育は、後進国だった明治の頃のモデルのままなのだと思います。とにかく記憶力と情報処理能力が高い若者を集めて、促成栽培する。基本は官僚組織と軍隊のモデルです。

宮内 大学生の平均年齢は、日本が一番低いそうです。海外では一度働きに出たり、どこかで遊んできたりした後に、また大学で学ぶ人が大勢いるから年齢が高い。でも日本はストレートでブランド大学へ入って、そのままブランド企業に入るのがいいとされている。このパターンがなくならない限り、日本は伸びない。

佐藤 それはそろそろなくなるんじゃないですか。

宮内 ただ、まだ家庭内の圧力も強い。「僕は誰それと起業したい」と言えば、やめろということになるでしょう。

佐藤 組織には人を成長させる側面もあります。商社なり財務省や外務省など官庁なりに入って30歳くらいまで勤めれば、いろんなものが吸収できる。それからまた大学に戻ったり、起業したりすればいい。

宮内 広く世の中を見て、どのように成り立っているかを勉強できる場所は、昔は銀行でした。でもいまは必ずしもそうじゃないですね。

佐藤 大学でいきなり起業する人もいますが、社会の基礎知識がないから、日本だと大抵失敗します。

宮内 ええ、しっかり勉強している人じゃないと成功しない。アメリカで起業している人たちは、大学を出て社会で勉強して、それからビジネススクールに戻って起業の勉強をするんです。

佐藤 日本にはそういうロールモデルがない。若い人たちにとって、いまある起業家のロールモデルは、ライブドアの堀江貴文さんか、ZOZOの前澤友作さんになっている。それだけではいかにも寂しい。

宮内 日本にはまだまだ可能性があるんですよ。例えば、日本は貿易立国だと刷り込まれていますが、いまやそうじゃない。

佐藤 GDPに占める割合だと、十数%です。

宮内 ええ。70%以上は第3次産業で、その大部分はサービス業です。でも労働生産性は著しく低く、欧米の半分以下です。ここを直せば日本の経済力が上がるのは間違いない。日本人はサービス=おもてなしはタダだと考えているけども、いいサービスに高いお金を払うのは当然です。また飲食業は参入障壁が非常に低いだけに廃業率は高く、2年で6割が退出していきます。これを改善するだけでずいぶん変わる。他にもいまはAIとかロボットなどの設備投資で生産性を上げることもできます。

佐藤 もはや製造業でなく、第3次産業で勝負するわけですね。

宮内 ええ。強い第3次産業を育てて世界に出ていけば、日本の会社も十分闘えると思いますよ。

宮内義彦(みやうちよしひこ) オリックス シニア・チェアマン
1935年神戸市生まれ。関西学院大学商学部卒。ワシントン大学経営学部大学院で経営学修士(MBA)取得。60年に日綿実業(現・双日)入社。64年に出向してオリエント・リースの創設に関わり、80年に代表取締役社長・グループCEO。以来34年間にわたりグループのトップを務めた。2014年に退任して現職に就く。

週刊新潮 2020年3月19日号掲載

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