シリアの忘れられない味は、まさかの「手打ちうどん」!?【ヤマザキマリ×マキタスポーツ対談】

食・暮らし 2019年10月6日掲載

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二日酔いのナポリタン

マキタ 僕、二日酔いの時に食べるナポリタンが好きなんです。

ヤマザキ うわー、想像するだけで美味しそう。

マキタ これもあまり声高に言いたくない、恥ずかしいグルメなんですが、若い頃、飲み過ぎた翌日にたまたまナポリタンを食べたんです。ちょっと物足りなかったから、そこに古くなったタバスコを目一杯掛けて食べたら、めちゃくちゃ美味しくて。

ヤマザキ タバスコ大事。

マキタ タバスコの辛みで汗をダラダラかいて、見事に酒が抜けました。二日酔いの時は喉が渇いているじゃないですか。そこにズズーッとナポリタンを流し込むと、ちょっとした窒息状態になる。水を飲んでそれを流し込みながら、またタバスコをかけて。

ヤマザキ 美味しそう(笑)

マキタ その喉に食べ物が詰まって軽い窒息状態になるのが、なんとも言えず興奮するんですよね。それを僕は“窒食”と呼んでいて。

ヤマザキ なるほど“窒食”ですか。ちょっと似ていると思うのですが、蕎麦とか麺類をズズーッと音を立てて食べるのを私は「吸い込み喰い」って呼んでいます。

マキタ 僕も「吸い込み喰い」好きです。いつも妻にはみっともないと注意されるのですが。

ヤマザキ 私もそれで日本にいる外国人とよくケンカしますよ。「なんでお蕎麦を咀嚼で噛み砕いて食べようとするんだよ! 吸い込め!」と。でも、あの人たちは吸い込めないんですよ。

マキタ 郷に入れば郷に従えと。

ヤマザキ そうです。吸い込まないと美味しくない食べ物ってあるじゃないですか。

マキタ ありますね。むしろ盛大に音を立てたいぐらい。

食べ物に貴賎なし

マキタ 「情報喰い」の話をしましたが、食べ物にまつわる情報ばかりに目が行き、それに左右されてしまう人というのは、自分で絵を描いて、その背景を想像するということができないというか、苦手なんだと思います。それがダメってわけではないのですが、他人が作った文脈とかルールに従ったほうが満足度が高くなるという人も多くいるはずで。

ヤマザキ マニュアルが必要なのね。

マキタ スタンプラリーじゃないけれど、決められたポイントを順序よく稼いでいくことに至福の喜びを見出す人もいる。でも、ヤマザキさんも僕もそこにはあまり興味がない。

ヤマザキ それって、お勉強を頑張って良い大学に入るのと同じシステムじゃないですか? それを否定するわけじゃないけれど、偏差値や過去問ばかり気にし過ぎると、勉強の本質が失われるというか。食べることも同じような気がしますけどね。それこそシリアやキューバは決して裕福じゃなくて、食事も質素。でも情報や階級に左右されず、それでも幸せそうな人々のことを見ていると、食べ物のどうでもいい情報や差異で一喜一憂するのがバカらしくなる。

マキタ 例えばラーメンについて、「俺は魚介系スープじゃないとダメ」とか「麺は浅草開花楼のものに限る」というのは、本来どうでもいいことじゃないですか。情報を差別化して弄んでいるだけというか。もちろん、そこに面白い部分もあるわけですが、ヤマザキさんのように日本を離れて、それまで培った価値観を根本から覆されるような経験をすると、食への執着や想いがまた全然違ったものになるんでしょうね。

ヤマザキ そうかもしれません。キューバでもロシアでも中国でも、人間の根源は、やっぱり食にあらわれる。生きるか死ぬかに直結する時に、「情報」は二次的なものでしかないから。

マキタ 『パスタぎらい』を読んで面白いなと思ったのもそこです。食べ物を美しい文章で描写するとか、情報や薀蓄がたくさん、ということではなく、そこにあるヤマザキさんの熱量みたいなものに惹かれる。それに、ヤマザキさんは全然外国かぶれしていないですよね。少しぐらいそういった面も出てくるかと思ったら、一切なかった。

ヤマザキ どの国にいても、「同じ大気圏」としか思っていないですから。

マキタ 「永遠の移民」というか「異邦人」ですね。そのエネルギッシュなところにひかれるし、読みながら感じるのは、ヤマザキさん自身。己の世界観というか主観が凄く強くて、またそれを出すことに躊躇がない。自分の“観”がしっかりあった上で、食べ物について発信しているから、そこが凄い信頼できるなと。

ヤマザキ ありがとうございます。

マキタ ヤマザキさんの「オン・ボード・カメラ」で食べ物を見ているような気がする。カメラを引いて俯瞰的な情景を切り取るのではなくて。

ヤマザキ やっぱり自分が感じたことしか書けないし、表現できない。日本人が読みたいと思っている素敵で小粋なイタリアをどうしても書けないんですよ。あくまで、自分が経験したイタリアのことしか書けない。よく言うのですが、イタリアの男も靴下を履くし、シャツの下にタンクトップも着る。女性を口説くのが苦手な男性もいっぱいいるんです。

マキタ それに、書いているヤマザキさん自身が美味しくなっちゃっているんですよね。

ヤマザキ それは最高の褒め言葉かもしれない。

マキタ そのシズル感が凄い。煮えたぎっちゃって(笑)

ヤマザキ 基本的には何食べても美味しいんですよ。あとは自分次第。

マキタ そう。「美味しい/不味い」というのは、その人次第で、「不味い」とか文句つけてばっかりの人は、「あなた自身が不味いんじゃないの?」と思います。

ヤマザキ はい。スナック菓子も高級料理も、食べ物に貴賎なしで。

マキタ だから、いわゆる世の中一般の「グルメ」について書かれた本とは、全く違うと思います。でも、そこがいいわけで。僕も、ずっとそういった形で食べ物と向き合ってきたから、読んで本当に勇気をもらいました。

ヤマザキ 嬉しい。書いてよかったです(笑)

ヤマザキマリ
マンガ家。1967年4月20日生まれ。84年、17歳でイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院に入学。美術史・油絵を専攻。97年にマンガ家としてデビュー。2010年、古代ローマを舞台にした漫画『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年には、イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。マンガ作品に『プリニウス』(とり・みきと共著)『スティーブ・ジョブズ』『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品では『男性論』『国境のない生き方』『とらわれない生き方』『ヴィオラ母さん』など。

マキタスポーツ
1970年生まれ。山梨県出身。芸人、ミュージシャン、俳優、文筆家など、他に類型のないエンターテインメントを追求し、芸人の枠を超えた活動を行う。俳優として、映画『苦役列車』で第55回ブルーリボン賞新人賞、第22回東スポ映画大賞新人賞をダブル受賞。著書に『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)、『すべてのJ-POPはパクリである』(扶桑社文庫)、『越境芸人』(東京ニュース通信社)など。

デイリー新潮編集部

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