「パスタぎらい」のヤマザキマリが教える、イタリア料理攻略法

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 絵画を学ぶため、17歳でフィレンツェに留学。イタリアに暮らし始めてから今年で35年になる、マンガ家のヤマザキマリさん(途中、リスボンやシリア、シカゴなどにも暮らす)。4月17日に刊行した『パスタぎらい』(新潮新書)では、胃袋の記憶をもとに世界中の食文化について綴っています。現在もイタリアと日本の往復生活を続けるヤマザキさんに、地域性豊かなイタリアの食を紹介してもらいました。

とにかくまずは地域の名産を知る

 その陽気でラテンなイメージがあるためか、みなさん意外に思われるのですが、イタリア人というのはとても保守的な民族です。伝統や地域、家族を重んじる一方で、あまり他人を信用しない。それは古代からゲルマンやノルマン、アラブなど他民族に侵略された歴史を持っていることが、理由にもなっているのではないかと思います。
 保守的なのは生活全般に及びますが、顕著なのが“食”です。とにかく自国の料理や素材にこだわります。イタリア料理からフレンチ、中華、エスニックと、世界中の食を受け入れる日本人とは真逆のメンタリティを持っていると言ってよいでしょう。昨年になってようやくスターバックス・コーヒーがミラノに“初上陸”したのが、そのいい例です。

 もっと言えば、出身や住んでいる地域の“食”に徹底的にこだわります。イタリアは地域によって、とても同じ国とは思えないほど、料理や食材がまるっきり違います。パスタにしても、ひとつとして同じものはなく、地域によって食べられるものはバラバラです。
 もちろん日本の食にも地域性はありますが、北海道でもお好み焼きは食べられているし、九州に納豆が好きな人もたくさんいる。日本人はとにかく食に寛容で、それを私は「味覚の天真爛漫な積極性」と呼んでいます。世界中の料理を積極的に摂取する日本人の姿勢は、本当に類を見ないレベルだと思います。
 ところが平均的なイタリア人というのは、自分の地域以外の食事にまるで興味を持ちません。私の夫の実家は、イタリア北部のヴェネト州にあるのですが、ある時、ポルトガル産のワインをおみやげに買って行くと、いちおうは「あら、美味しそうね」などと言うのですが、決して手をつけない。しばらくずっとワインセラーの奥にしまってありました。昔から馴染みの地元産のワインばかりを、「やっぱりこれが一番よね」などと言いながら、飲み続けるわけです。
 一事が万事その調子です。だから、イタリアで美味しいものを食べようと思ったら、とにかくまずはその地域の名産や名物料理を知ることが第一歩です。ローマでミラノ名物を所望しても怪訝な顔をされるだけですし、内陸にあるフィレンツェで新鮮な海産物を望んでも、大抵はもったいない結果になるだけです。すでに日本でもそのことは広く知られていることですが、そのことをまずは強調しておきたいと思います。

ローマではこれを食べろ!

 では、各地域の名産や名物料理を順番に挙げていきましょう。もちろんキリがないので、その中で特に私が好きなものを中心に挙げていきます。

 まずはローマ。私が好きなのは、「カカルチョーフィ・アッラ・ロマーナ」(ローマ風アーティチョーク)です。アーティチョークの葉の間に、みじん切りしたミントやニンニク、塩、こしょうを詰めて、オリーブオイルと水で煮るのが「ローマ風」です。アーティチョークの独特の苦みがクセになります。
『パスタぎらい』なんて本を出した私が言うのもなんですが、パスタだと塩、こしょう、ペコリーノ・チーズを和えただけのシンプルな「カーチョ・エ・ペペ」がおすすめです。そしてローマといえば、何といってもカルボナーラでしょう。ローマには「発祥の店」など、カルボナーラを前面に押し出した店がたくさんありますが、全ての店が美味しいかどうかは微妙なところです。

フィレンツェではこれを食べろ!

 次に中部トスカーナ地方のフィレンツェ。ここでは骨付き肉のステーキ「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」が有名です。ただしかなりの量があるので、1~2人で完食するのは難しいと思います。
 私のイチ押しは、モツ料理です。日本では「ギアラ」と呼ばれる牛の第4胃袋を煮込んだ「ランプレドット」は、さながら「イタリア風モツ煮込み」。このスープに二つに割った丸いパンの側面をさっと浸し、サルサ・ヴェルデ(パセリと鯷鰯[しこいわし]のソース)や辛味のペーストを少しだけ乗せたモツを挟んで食べるのが美味しい。さらに鶏レバーのペーストをパンに乗せた「クロスティーニ・ディ・フェガティーニ」も大好きですね。日本でもときどき作ります。
 いわゆる「モツ料理」が庶民に好まれる料理なのは日本と同じ。フィレンツェに留学していた時は、「貧乏画学生」だったので、コストパフォーマンスの良いフィレンツェのモツ料理には本当に助けられました。

ヴェネツィアではこれを食べろ!

 ヴェネツィアは海沿いの街でもあるので、やはり魚介類がおすすめです。「サルデ・イン・サオール」(イワシの酢漬け)やスカンピ(手長エビ)やカノーチェ(シャコ)など、美味しいものが揃っています。「バーカロ」と呼ばれる酒場――日本の立ち飲み居酒屋みたいなもの――では、たくさんのオードブルが並べられていて、それを少しずつつまみながら、地元の酒である「プロセッコ」(発泡性の白ワイン)を呷るのが最高です。
 私が好きなのは、ヴェネツィアの北にある町、トレヴィーゾ産の「ラディッキオ」です。この野菜は「イタリアン・チコリ」としても知られていて、少しの苦みがおいしい。生でも食べるし、細かく刻んでパスタやリゾットに入れることもあります。産地によって全然味が違うのも特徴です。

 ただしヴェネツィアは、島のほぼ全体が観光地で物価も高く、適正な価格で美味しいものにありつくのは難しい。他の都市よりも狭く、観光客が集中するエリアにあるレストランはおすすめできません。リアルト橋やサン・マルコ広場といった有名な観光名所から、できるだけ離れたエリアにある店を狙うべきです。「カナル・グランデ」(大運河)に背を向けて、生活の匂いのする路地のレストランを探してみましょう。
 近年は、イタリア本土側である「メストレ」と呼ばれる地域まで行ったほうがいい。またはその近隣の小都市の方が美味しいものが食べられたりします。

ヤマザキマリ
マンガ家。1967年4月20日生まれ。84年、17歳でイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院に入学。美術史・油絵を専攻。97年にマンガ家としてデビュー。2010年、古代ローマを舞台にした漫画『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年には、イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。マンガ作品に『プリニウス』(とり・みきと共著)『スティーブ・ジョブズ』『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品では『男性論』『国境のない生き方』『とらわれない生き方』『ヴィオラ母さん』など。

デイリー新潮編集部

2019年4月25日掲載

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