シリアの忘れられない味は、まさかの「手打ちうどん」!?【ヤマザキマリ×マキタスポーツ対談】

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 イタリアに暮らし始めて35年、胃袋で世界とつながった経験を美味しく綴った『パスタぎらい』(新潮新書)が好評発売中のヤマザキマリさん。大流行した「10分どん兵衛」など、独特の方法で“食”を追求している、自称「食にスケベ」なマキタスポーツさん。前回に引き続き、“グルメ”ではないマンガ家と芸人が、それぞれの経験をもとに、味覚のふしぎな嗜好性や驚くほどの多様性、「食通」への違和感などをたっぷり語ります。

“情報”を食べるのが好きな日本人

ヤマザキ アルデンテしかり、日本における「イタリア信仰」は、いまだに根強くありますね。現地の実態を離れて、「信仰」が独り歩きしていると感じることが多い。私は17歳でイタリアに留学しましたが、若い頃はずっと貧乏ぐらし。「ワーキング・クラスのイタリア」しか知らないわけです。だから日本のみなさんが期待しているようなゴージャスなイタリアの話はできない。むしろそうした「イタリア信仰」を壊すようなことしか言わないから、「そんな話は聞きたくなかった!」とバッシングされることもあって。

マキタ 日本人は情報が好きですからね。食についても、情報を食べているようなところが多分にある。自分の実感や経験にもとづいて、食と向き合えばいいのに、流行りやメディアの情報に流されがち。

ヤマザキ 私、店の名前を全然覚えられないんです……。

マキタ 僕もそうなんですよ。

ヤマザキ 情報を食べるということがあまりないのかもしれない。とにかく出されたものが美味しいかどうか、あとはその場の雰囲気や食卓を囲んだ人との関係性が大事で、そのお店がどうたらこうたらという情報にはあまり興味がないんです。

マキタ 僕も全く同じです。美味しかった料理は覚えていますけど。

ヤマザキ その代わり食べ物には意識をかなり集中していると思う。一緒に食べている人との会話にも。話が楽しくて集中していると味覚が疎かになるのではなくて、むしろ両方ともエネルギッシュになる。

マキタ むしろ情報が味覚を鈍らせることもありますね。若手の時に、ビートたけしさんの家で開かれた宴会に何度か参加したのですが、最初はどんな酒なのかわからないまま、注がれたものをとにかく飲んでいました。それでモノマネなんかを披露して、それがワーッと受けると、気分良くなるじゃないですか。それで調子に乗って、じゃんじゃん飲んでいたのですが、途中でそれが「ドンペリ」だったということを知ったんです。

ヤマザキ 情報が入っちゃったんですね。

マキタ その途端に緊張しちゃって味がわからなくなった(笑)。せっかくだから年代もののドンペリを味わおうと頭で考えても、もう手遅れなんです。

ヤマザキ どうしても人間だから、情報というか脳みそで食べるところはありますよね。事前に「ドンペリです」と言われれば、それだけで2割ぐらいは評価が高まるだろうし。

マキタ 最初は「これ、ちょっと味薄いな」ぐらい思っていましたから。

ブランドで飯を食うな!

ヤマザキ イタリア暮らしが長いのに、私はいまだに味や嗜好はともかく、正直ワインの評価基準もそれほどこだわっていないし、そもそもソムリエでもないのでわからない……。

マキタ 僕もさっぱりです。圧倒的に比較する量が少ないから当たり前なんですが、ワインは特に情報量が多いですからね。

ヤマザキ 以前、日本でイタリア語を教えていた関係で、その生徒さんたち30人ぐらいをシチリア島に連れて行ったことがあるんです。そこにはお金持ちの奥様から戦前生まれのおじいさん、おばあさんまで、いろいろな人がいて。コーディネーターを務めてくれたイタリア人は、シチリアの貧しい地域の出身。ある夜、彼が「今日みなさんをご案内するのは、私の大好きなお店です。子供の頃、本当に記念すべき日にだけ両親に連れて行ってもらった、特別な店なんです」とそこに案内してくれた。

マキタ その前情報だけで、もう美味しそうですね。

ヤマザキ でしょう? ところが、グループの中の億ション在住のブランドで身を固めた4人組が店のワインリストを見て、「えっ、これしかないの? シチリア島って、もっといいワインがあるんじゃないの?」と言い始めた。

マキタ あらら。

ヤマザキ 私が、ここは高級店ではないかもしれませんが、コーディネーターの彼をはじめ、地元の人が足繁く通う店ですよ、なんて説明したのですが、しばらくしてその4人組は「あのー、私たちだけ他の店へ行っていいでしょうか?」と。

マキタ うわー……。

ヤマザキ もう私は腹が立って、「どうぞ、どうぞ。お好きになさってください」と、とっとと行ってもらった。一方で、昭和ヒト桁生まれのおじいさん・おばあさんチームは、料理が出てくる前から、「ワインも美味しいし、最高!」とハウスワインを飲みながら盛り上がっている。一体、この差は何なのか、と。

マキタ うーん……。

ヤマザキ 4人組が出て行った後、そのコーディネーターは本当に悲しそうな顔をして、「この店は、僕が世界で一番すばらしいと思っている場所なのに、それを気に入ってもらえなかったのは残念だ」と。価値観に差異があるのは仕方がないと思います。でも、時あたかもバブルの頃で、日本の「情報喰い」の一番悪いところが出たなと思って、本当に悲しくなりました。そういう人たちって、正直、どこに行っても楽しめないでしょうね。

マキタ 本当にそうですよ。ブランドで飯を食うなと言いたい。もはや「情報喰い」ならぬ「階級喰い」ですね。

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