印税収入2億円、74歳「官能小説家」にバブルな生活を止めさせた根本的な原因

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帰国、さてどこに住んだらいいのか

 地元の不動産屋に相談をしてみた。老後の生活を考えて、できるだけ高く売りたい。しかし、豪邸がネックになり、なかなか買い手が見つからなかった。庭が広く、近所の衆目を集めていた日本人住まいの3階建てである。

 このままでは、難航している自宅売却が、いつになるか分からない。とりあえず管理人に任せて、帰国の途についた。

 さて、日本のどこに住んだらいいのか。住居がないのである。いっとき東京のホテルに住んだが、宿泊代や食費が大変である。短期間住まいのマンションも借りてみた。だが、なんかしっくりこないのである。

 ネットを検索し、関東一円の情報を集めてみた。そのうち知人が、関東圏内で裏が山、前が海辺で、畑に囲まれた一軒家を紹介 してくれた。家賃は都内のアパート並みで、家主は地元の農家である。自宅の敷地面積は、家屋の周囲で畑でも作れるほどに広かった。

 JRの駅に向かう最寄りのバス停留所まで車で約20分。地元にコンビニもあるが、歩いて行くには少しばかりきつい距離である。生活費は預金を切り崩しているが、もとより漆原さんはあまり酒をたしなまないし、嫌煙家で日銭を必要としなかった。

 住んでみていいことが2つあった。1つは近所に飲食店が全くなかったことである。酒があまり好きではない漆原さんだったが、以前はトマトジュースを飲みながら、韓国クラブ、台湾クラブ、フィリピンクラブ等でよく遊んだ。浪費である。でもこの遊びが、官能小説の肥やしになったことは確かである。

 田舎の住民になって、この遊ぶチャンスを失った。たまに行きたいと思っても、近所に店がなく、あるのは大根を軒下に干した農家だけである。

 2つ目のいいことは、近所住民の親切さだった。周囲は農家ばかりで、少し歩くと平穏な海辺である。若い人たちが地元を捨てて都心部に移っているのに、漆原夫婦は逆で、それがまた近所住民の好感を得たらしい。

「トマトができた」、「キュウリを食べないか」、「メロンはどうだ」と、次々と差し入れがあり、野菜などはスーパーで買うこともないほど豊富に貰うという。自宅を不在にしたときは、玄関先に大量の野菜が置かれていた。

 車で十数分という近場に、美味しい焼き肉屋があった。いまや常連である。たまに出版社から官能小説の原稿依頼があるものの、いっときの多忙さはもうない。締め切りが半年後で、ゆっくりとキーボードのキーを叩く。あとは潮風に身をゆだね、庭に植えた草花を眺めながら、静かに暮らしている。

取材・文/段勲(ジャーナリスト)

週刊新潮WEB取材班

2019年4月16日掲載

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