地味なノルウェーの生活 北欧に伝わる掟に学ぶこと(古市憲寿)

国内 社会 週刊新潮 2019年1月24日号掲載

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 とあるテレビ番組の収録でノルウェーに来ている。

 僕が初めてこの国を訪れたのは2005年。大学3年生で同級生は就活を始める時期だった。その雰囲気から逃れるように、交換留学先にノルウェーを選んだのだ。

 ノルウェーを含めた北欧は、とにかく素晴らしいイメージで語られることが多い。幸福度が高く、男女平等が徹底していて、高福祉で将来を心配しなくていい最高の社会といった具合だ。

 僕も留学に来る前はそんな素朴な北欧像を抱いていた。しかし実際にノルウェーで1年間暮らしてみると、その北欧像は大きく裏切られることになった。

 まず首都オスロに来て驚いたのは娯楽の少なさだ。ディズニーランドのような巨大遊園地もなければ、大きなショッピングモールもない。しかもほとんどの商店は日曜日には完全休業。休日にすることといえば、友人とのホームパーティだったり、湖のほとりを散歩したり。日本とのあまりの違いに面食らった。

 手に入るものの種類も少ない。チョコレートにしても牛乳にしても、ブランドの数や新商品が出る頻度は、日本とは比べものにならない。まさに「足るを知る者は富む」を実践している人々だと思った。

 北欧の「幸福」を支えていたのは、こうした地味な日常生活だったのである。若者までがまるで老後のような日々を送っている国だと思った。だから野心の強いノルウェー人は、海外へ行ってしまうことが多い。

 一般的なノルウェー人はあまり多くのことを望まない。家族を持ち、家を持ち、できれば別荘やボートを持つ。そのような人並みの幸せこそが理想とされる。

 オスロ大学教授の安倍オースタッド玲子さんに教えてもらったのだが、北欧には「ヤンテの掟」という考え方がある。「普通であることこそが素晴らしい」「自分を他人より優れていると思うな」といった意味で使われることが多い。要は「普通(であること)のススメ」だ。

 誰かを出し抜いてまで幸せになるのではなく、あくまでも「普通」の生活の延長に幸福を求める。だから、この国で頑張りすぎることは、時に悪とされる。

 安倍さんも、あまりにも熱心に教育や研究に打ち込んでいると、大学側から注意されるらしい。ストレスをためて休職されるくらいなら、毎日適度に働いてもらうほうが、社会全体にとっては利益が大きいという発想なのだろう。

 いつまでも気の休まることのない競争を続け、すぐに自分と他人を比べたがる日本の人々が、北欧を理想とするのはよくわかる。

 もちろんノルウェーに問題がないわけではない。移民や原油価格の下落など懸念事項は多い。個人単位でも、将来に全く不安がないという人ばかりでもない。

 しかし、ノルウェー人がよく使う言葉がある。「Det ordner seg」。「大丈夫」「何とかなる」という意味だ(時に「誰かが何とかしてくれる」という願望が混じる)。このような楽観性を持てれば、日本社会も少しは生きやすくなるのかも知れない。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。著書に『だから日本はズレている』『保育園義務教育化』など。