オウム「地下鉄サリン事件」死刑囚 再審請求は“生への執着ではない”

国内 社会 週刊新潮 2018年4月12日号掲載

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まるで少年

「努力家として高く評価する声はありましたが――」

 と明かすのは、かつてオウムで「自治省次官」を務めた、早坂武禮氏である。

「人を押しのけてでも、という姿勢が見えるので、身近なところでの評判はあまり良くなかった。井上が生み出したものに『黒信徒』があります。自分の獲得した信者数をかさ上げするため、在家信徒に入会金や会費を負担させ、その家族や友人などを同意を得ずに名義だけの会員にさせる。これがあまりに続いたので、教祖も手を焼いていました。目に見える評価を強く求め、ひたすら数字を上げることだけを考えていたという印象が強いです」

 オウムの「車両省大臣」だった野田成人氏も言う。

「麻原の評価にとりわけ敏感でした。出家の勧誘やお布施集めに何より熱心で、エネルギーで圧倒するのです。女性人気も高く、井上に魅せられて活動した女性信者もたくさんいた。ただ、井上は目的を達成すると相手をするのが面倒くさくなり、掌を返すことも。女性信者が“信用してお布施をしたのに、どうして構ってくれないんですか”と訴え、トラブルになったことも一度ではないはずです」

 高学歴の幹部が並ぶオウムの中で、高卒、しかもまだ若年だった井上がのし上がるためには、“実績”が必要だった。そのために、必要以上に“背伸び”をした――。彼が手を血で染めたウラには、そんな事情があったのかもしれない。

 その井上は、逮捕後、態度を一変させた。逃走犯に出頭の呼びかけを行い、公判では誰よりも激しく、麻原を糾弾するようになった。

「井上の裁判は、まるで少年事件の裁判を傍聴しているようでした」

 と、ジャーナリストの江川紹子さんが振り返る。

「彼が入信したのは、16歳の頃。心の成長がそこで止まってしまったかのようだった。とにかく“生きたい”という欲求が人一倍強く感じられました。目が印象的で、捨てられた子犬が段ボール箱の中で助けを求めているかのような……。自分を拾ってくれる人がいれば、全力で走り寄ろうとするかのような目でした」

 井上は検察に乗っかり、一方の検察も井上の取り調べの内容を立証の中核に据え、裁判に臨んだ。

「助かるためには、自分の責任を小さくしつつ、真相解明に協力したという印象を残すしかない、と考えたのだと思います。彼は麻原に全面的に帰依していましたが、逮捕後、それが間違っていたことに気が付いた。井上の中で麻原の存在が小さくなっていき、そこに検察が入り込んだ。そんな印象を受けました」(同)

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