清原和博も酒井法子も頑張り続けた過剰な「いい子」 期待に応えられない「しんどさ」が犯罪者を生む

社会2016年3月21日掲載

 黒すぎる肌に白すぎる歯。入れ墨にコワモテの風貌。冬場にTシャツ一枚でも額に流れる汗。清原和博の覚醒剤取締法違反による逮捕は、驚きである一方、「いかにも」という気にもさせられた。かねてより薬物使用疑惑がささやかれていたからなおさらだ。実際、その後の報道で伝えられている清原の姿は、かなりの覚醒剤の常習ぶりを疑わせるものと言える。

 現時点で清原が覚醒剤を使用した理由は分かっていないが、現役時代からの使用が疑われている。実際、選手としての清原のピークは、20代前半だった。その後もパフォーマンスの向上を図るべく努力は続けたが、度重なるケガもあり、かつての輝きを取り戻すにはほど遠かった。

「人の期待に応える」人生を送り続けていた清原和博

 彼をよく知る人たちからは、「非常に気の小さい男だった。番長どころではない」との指摘も出ている。本人の主観においては、常に不安に苛まれていたのかも知れない。

■実は受刑者に多い「元いい子」

 犯罪者に堕ちた清原を「いい子」と評したりしたら、「何を見当違いなことを」と思われるかもしれない。しかし、新潮新書『いい子に育てると犯罪者になります』の著者、岡本茂樹氏によると、実は犯罪者には「元いい子」が多いのだという。

 岡本茂樹氏は、立命館大学の教授をつとめる傍ら、累犯刑務所での受刑者更生支援にも携わってきた。受刑者にグループで授業を受けてもらい、なぜ自分が犯罪を起こすに至ったのかを他者の視点も取り入れながら考える、というものである。岡本氏の授業を受けていた受刑者のほとんどは、覚醒剤などの薬物経験者だった。

 では、なぜ「いい子」が獄の中に落ちていくのか。岡本氏の説明によると、こうなる。

 受刑者たちはほぼ100%、子ども時代に家庭の問題を抱えている。しかし、その不遇な状態に感じる不安や寂しさを、誰にも受け止めて貰っていない。

 それどころか、不安や寂しさを抑圧して自ら笑顔をつくり、自分で自分を励まそうとしたりする。それを「ニコニコ笑ういい子だね」などと周囲にほめられたりするものだから、余計に自分の感情を抑圧してしまう。

 しかし、虐待やネグレクト、貧困など、彼らを取り巻く問題は変わらずそこにある。すると、いつか無理が限界に達し、不安や寂しさを覚醒剤などの使用や暴力事件などの「犯罪」という形で爆発させてしまう。凶悪犯罪が起こるとしばしば、「あんないい子が、なぜ……」という「近所の声」が紹介されたりするが、むしろ「あんないい子」で居続けたことが犯罪の原因だとも言えるのだ、と。

 清原の場合、幼少期の家庭の状況はそこまでひどくない。その意味で、岡本氏が教えていたような累犯刑務所の受刑者たちとは違う。しかし、若い時から圧倒的な活躍を続け、甲子園で前人未踏の記録を打ち立て、プロに入っても高卒ルーキーのホームラン記録を塗り替える活躍を続けた若い頃の清原が、ずっと「人の期待に応える」人生を送り続けていたのは確かだ。その点で、「いい子」的なのである。

 薬物使用の本当の理由は分からないが、その1つに野球人として人の期待に応えられなくなったことを挙げても、あながち間違いではあるまい。

 清原は、以前に開設していたブログでは、しばしば「孤独」を吐露していた。逮捕前に『金スマ』に出演した彼が、「野球をやったことさえ後悔した。野球をやっていなければ、こんなふうにはならなかった……」とつぶやいたのは、生きづらさを抱えていた清原の本音だろう。

■酒井法子の過酷すぎる幼少期

苦しい環境の中で、「いい子」で居続けた酒井法子

 清原よりもずっと苦しい環境の中で、「いい子」で居続けた有名人がいる。同じく覚醒剤で逮捕された人物だ。それが、本書『いい子に育てると犯罪者になります』でも分析している酒井法子である。

 酒井法子の育ちは過酷である。幼少期に両親が離婚してお寺にしばらく預けられた後、父方の伯母に引き取られる。その伯母夫妻を実の両親と信じていたのに、7歳の時に父が突然現れて彼女を引き取り、埼玉から福岡への引っ越しを余儀なくされる。

 再婚していたその父には、新しい妻がいた。継母は法子に対して非常に厳しく、びんたをするようなこともしばしばだったという。結局、小学校5年で埼玉に戻ったが、小学校卒業の一ヶ月前に福岡に戻り、今度は三回目の結婚をした父親と暮らすことになった。福岡の中学では、練習が厳しいことで知られるソフトボール部に入りレギュラーを獲得。14歳で芸能界に入ると、トップアイドルとして多忙な日々を送ることになった。

 経歴を見れば分かるように、酒井法子の幼少期には誰ひとり「頼れる相手」「無条件で自分を受け入れてくれる人」がいない。別の言い方をすれば、酒井法子には「甘え」を許容してくれる空間がなかった。

 両親と信じていた人は伯母夫婦だった。父親は自分を捨て、他の女との結婚を繰り返す。継母から「しつけ」も受ける。頻繁に引っ越しをする中で、友人を得るのも難しい。自分のしんどい状況について弱音を吐けるような相手がどこにもいないのだ。そしてこの過酷な状況を、酒井はひたすら自分の感情を抑圧し、無理して笑顔を作ることで乗り切っていったのである。

 酒井法子は、覚醒剤を使った理由として、「自分が弱かったから」という言葉を使っている(『贖罪』朝日新聞出版刊)。しかし、こうしたつらい境遇を我慢と努力と根性で乗り越えてきた彼女の来歴を見れば、彼女が「弱かった」とは言えまい。むしろ、強すぎたのである。もし彼女がもっと弱い人で、もっと前に誰かに助けを求められていれば、彼女の「しんどさ」は犯罪という形では表現されなかったかもしれない。
 

■過剰に「いい子」を求めるなかれ

 岡本茂樹氏によると、酒井法子と同じような「生きづらさ」を抱えている学生は非常に多いという。

 現在の学生の多くは、「協調性があること」「自分の我を通そうとしないこと」「空気を読むこと」「親の期待に応えること」などの価値を内面化している。「しんどさ」を感じても、親にそれをぶつけるようなこともない。SNSを通した友人とのつきあいは、どうしても「顔色を窺い合う」ようなものになりがちで、弱さの告白には向かない。結果的に、しんどさや不安を内面にため込むことになりがちなのだ。

『贖罪』を読む限り、酒井法子本人も、自分が覚醒剤を使うに至った「本当の理由」を見つめてはおらず、二度と使わないという「固い決意」を表明しているだけだ。しかし、岡本氏によると、自分が罪を犯すに至った本当の理由を見つめず、自分ひとりで「固い決意」をしても、犯罪の抑止力にはほとんどならないという。

 では、どうすればいいのか。岡本氏は、私たちが当たり前と思っている子育てや教育のあり方、親や教育者の価値観を問い直す必要がある、と主張する。

「協調性がある」ことは本当にいいことなのか。「臆病である」ことはダメなのか。「親の言うことをよく聞く」のは正しいのか。

「固い決意」をした人は、固い決意のできない弱い人間が許せなくなる。「男らしくあらねばならない」と信じている人は、男らしくない人が許せなくなる。「きちんとした人」は得てして、きちんとしていない人間が許せない。つまり、1つの価値観を選ぶということは、一方で「人間の許容度を狭くする」選択をしているとも言えるのだ。それがともすれば、価値観の硬直化を生んでしまう。
 

■子供はウソをつくもの

 岡本氏はまた、子どもに「ウソをつくな」と諭すのは最悪の振る舞いである、とも言う。なぜなら、子どもは必ずウソをつくものだからであり、それは人間の成長の自然な過程だからである。にもかかわらず、親がそれを許さず、小さなウソすらつけずに成長した子どもは、いつかその無理を大きなウソをつくことで解消するかもしれない。仮にそうはならなくても、「ウソをついてはいけない」という規範が生きづらさを生んでしまう。「ウソをつくな」という、そもそも子どもには無理な約束を強いることは、子どもの心を蝕むのだ。

 もちろん、何らかの価値観や規範なしに、人は大人になることはできない。ただ、そうした価値観や規範には裏面がある、という事実をもっと認識すべきだ、というのが岡本氏の主張である。教師として日々若者と接してきた氏によると、親や社会から押しつけられた「正しさ」を漠然と受け容れてしまった「いい子」が、心の中に大きな闇を抱えているケースが非常に多いのだそうだ。

『いい子に育てると犯罪者になります』は、矯正教育や子育ての事例を通じて、そうした「正しい価値観の裏面」をあぶり出した一冊と言える。反発を覚える方もいるだろうが、多くの受刑者と長年向き合い、彼らを実際の更生に導いてきた氏の指摘は、我々がこれまで「当然」と考えてきた価値観を見直すきっかけとなるだろう。(文中敬称略)

デイリー新潮編集部