移住者が殺到で出生数も急上昇! 「五島列島」自給自足できる小さな島――白石新(ノンフィクション・ライター)

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■おすそわけ

 もっとも、食べものが豊富だからといって、誰もが島に適応できるものでもないだろう。近畿地方の過疎の村の移住担当者が、

「都会の喧騒からはなれたくて田舎暮らしをはじめたはずなのに、刺激が少なくてつらくなる人もいる。たった1年であきらめて、逃げ出した人もいます」

 と言うように、地方への移住者が早々に“挫折”するケースは多い。ところが小値賀島の場合、

「島民は、島外から来た人の面倒をとてもよくみてくれる。移住者がそれにちゃんとこたえれば、ここは本当にいいところです」

 と、今田さんは言う。そんな島民気質の由来を物語る逸話がある。船で10分ほどのところにある人口100人程度の大島での話だが、かつてそこには「自力復活援助システム」が存在したという。借金などで困窮した家族が立ち直るまで、数百メートル離れた無人島の宇々島に住まわせたのだ。困窮一家は宇々島でアワビなど豊富な海産物を独占的に獲って、現金を得ることができたという。

 この地域にはそんな“伝統”が息づいているからか、小値賀島への移住者たちは口々に「暮らしやすい」と語る。庭付き一戸建てでも平均して月に1万円ほどという家賃も、暮らしやすさの理由だろう。それに加え、三重県から夫婦で移住した稲森章志さんは、

「ここでは、生活していけるところまでちゃんと面倒をみてくれる。移住者にとってはとても心強い」

 と、トマトが育つビニールハウスの前で汗をぬぐった。大手電機メーカーに勤めていた稲森さんに、農業の経験はなかったが、

「島の農業研修制度によって、独り立ちできるまでしっかり教えてもらった」

 とのこと。自立するまで、きちんと生活していけるだけの給与が与えられたうえで、農業を基礎から学ぶことができたという。たしかに、島で新たに就業する人は、条件を満たせば準備金が援助されるし、農業研修を修了すれば、島から農機を通常料金の半額で借りられ、農地の斡旋もうけられるのだ。さらには、

「小さい島なのに保育所が充実しているうえ、高校まである。しかも子どもが小さいうちは、繁忙期になると近隣の人が積極的に面倒をみてくれます。お礼に収穫したトマトをさしあげたら、代わりに魚をいただいてしまったりして」(同)

 そうした作物のやりとりに、現金がからむことはないという。

「これ、“型(かた)”が悪くて出荷できないヤツ。味は大丈夫なんで、どうぞ」

 そう言って、稲森さんは島の人に、ビニール袋いっぱいのミニトマトを手渡した。一粒おすそわけにあずかると、野趣あふれる薫り豊かなトマトだった。ほかにもブロッコリーからエンドウ、キュウリ、メロンまで、惜しげもなくふるまうのが小値賀島の日常だ。

 2キロほど離れた野崎島のダムから、海底パイプラインで水を引き込んでいるので、畑作の灌漑用水にもこと欠かないという。また、意外にも、島には水田もあり、島内では主に地元の米が食べられている。

 だが、言うまでもなく、農業以上に盛んなのは漁業である。イサキやタチウオなどのブランド化が進められているが、島に暮らす人にとっては夏場にサザエやウニなど磯ものの捕獲が解禁になる、通称“磯”がひとつの山場だという。漁業組合に加入していなくても、2500円支払えば参加できる。箱メガネで海を覗くと、“珍味の水族館”で、

「ふだんは足元がおぼつかないご老人も、この時期はスタスタと歩いて参加している」(前出の西山さん)

 また、前出の今田さんによれば、必ずしも“磯”の時期でなくても、

「腰がくの字に曲がったおばあさんが、島で“ぞうてぼ”とか“ふりてぼ”と呼ばれるカゴを担ぎ、ふらりと海をめざして行かれたりします。カゴの中には釣り道具が一式入っていて、見事に晩のおかずを釣り上げてしまう。釣果が少なかったときは、周囲からおすそわけしてもらえます」

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