陸上「世界大会出場」の半年後に「東大理一」に現役合格…吉澤登吾選手(20)は模試で東大A判定も「“ビビり”なので全く安心できませんでしたね」

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 35度を超える猛暑や連日に及ぶ長雨が落ち着きを見せ、本格的な秋の訪れを感じるようになった。スポーツ界では2年後に行われるロサンゼルス五輪に向けて、ちょうど折り返し地点を迎えたが、若き才能たちがさらなる高みを目指して、その実力に磨きをかけている。

 今年9月に行われた日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)の男子800メートルに出場し、銀メダルを獲得した吉澤登吾(よしざわ・とうご)選手もその一人だ。都内屈指の難関進学校として知られる桐朋高校の2年生だった2023年には、U18大会で優勝。翌年もU20日本選手権の800メートルで優勝し、U20世界選手権日本代表にも選出された。また勉学でも地道な努力を続け、翌年春には東京大学理科一類に現役で合格。高いレベルの文武両道を実現させた。10月に20歳の誕生日を迎えたばかりの吉澤選手に、学業と陸上競技の双方で結果を残してきたこれまでの歩みや学生時代のエピソードを伺った。【取材・文=白鳥純一】(全2回のうち第1回)

気付いた時には足が速かった

 10月に20歳の誕生日を迎えたばかりの吉澤選手は、7歳上と5歳上の兄に次ぐ吉澤家の三男として、のちに学生生活を送る東京大学駒場キャンパスに近い都内のエリアで2006年に生を受けた。

「いつもニコニコしながら、元気に走りまわっている子供だったようです」

 自身の幼少期をそう表現する吉澤選手は、小学6年生までは地元のサッカークラブに入部。当時からその走力には目を見張るものがあり、サイドのポジションを任されることが多かったという。

「今よりも足が速くなれば、サッカーの試合でもっと活躍できるのではないか……」

 サッカーに打ち込むなかで次第にそのような思いが芽生えた吉澤選手は、小学4年生の時に本格的な陸上競技の練習を開始。「気づいた時には足が速くて、走れば勝ってしまうような感じだった」という天性の脚力に磨きをかけて、6年時には東日本大会で1位になるほどの選手に成長を遂げた。

「当時の僕はタイムが速く、レースに出場すると大体勝てていましたが、特に何もしていないのに結果が出てしまう状況に不安を感じることもありました。でも、『もしかしたら来年は負けてしまうかもしれない』という思いがあったからこそ、陸上をひたむきに頑張り続けられたような気がしますし、僕自身の成績がさらに競技にのめり込んでいくきっかけになったようにも感じます」

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