陸上「世界大会出場」の半年後に「東大理一」に現役合格…吉澤登吾選手(20)は模試で東大A判定も「“ビビり”なので全く安心できませんでしたね」
ほぼ独学で、偏差値64の難関中学に合格
小学4年の頃からは中学受験に挑んだ二人の兄の背中を追うように、自身も勉強を本格的に開始。「集団授業には馴染まないだろう」と思ったことから、国語の個別指導塾に通いつつも、それ以外の科目については両親に指導を仰ぎながら、独学で勉強を進めていった。
「算数が得意で、楽しく勉強に励んでいましたが、日頃から計算ミスが多かったせいで、あまり成績は安定しなかったような記憶があります」と、吉澤選手は当時を謙遜気味に懐かしむが、それでも日々の積み重ねが功を奏し、偏差値64(四谷大塚ドットコム・Aライン80偏差値)の難関校として知られ、自身の兄も通っていた桐朋中学(東京都国立市)の合格を掴んだ。
「学問もスポーツも生徒の主体性を尊重しつつ、挑戦を積極的に後押ししてくれるような校風で、僕に合っていたように思いますし、多くの自然に囲まれた立地も陸上に打ち込むには最適で、本当にありがたい環境が整っていました」
コロナ禍の自主練で実力を伸ばした
吉澤選手が青春時代を過ごした桐朋中学・高校は、東京都国立市に所在する男子校で、東大合格者14名(2025年度・既卒含む)をはじめとする進学実績もさることながら、自主性と協調性を重んじる教育を行っている点が特徴だ。今年で創立85周年を迎えた同校は、吉澤選手と同級生で、「二刀流」で注目を集めオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだ森井翔太郎選手が通っていたことも記憶に新しい。
そのような自由かつ枠に囚われない学び舎で、吉澤選手は最も得意とする800メートルに加えて、100メートルから3000メートル走など、さまざまな競技に挑戦しながら、実力を伸ばしていったが、新しい生活にも慣れ、徐々に手応えを感じ始めていた中学1年の春にはコロナ禍が襲来。緊急事態宣言の発令に伴い、全国の学校は一斉に休校となった。
「学校で練習ができなくなってしまったので、人通りの少ない夜に近所の坂道を走ったり、自宅でできるトレーニングに励んだりしていました。誰も頼れない状況の中でスタートしましたが、一人でやらざるを得ない環境に身を置いたことで、かえって自主的に練習する習慣が身につき、速さに一段と磨きをかけることもできた。結果として濃密な時間を過ごせたのではないかと感じます」
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