02年「替え玉殺人」で指名手配「中国人妻」 逃亡生活5年を見ていた“内縁の夫”の告白「アイスピックで首を刺されたこともある」
刑事たちが表情を変えた話題
尹の逮捕から数日後、警察署でEさんと対面した大阪府警の刑事たちは、尹にかけられた嫌疑を説明した。Eさんは尹と過ごした5年間を話したが、刑事たちの温和な表情が変わる話題もあったという。
「商売を始めるから」と日本人男性に頼んだ中国人女性との養子縁組、その男性の生命保険加入、携帯電話で誰かと話していた中国語――。それらは保険金殺人を匂わせる行動にも思えたが、立件には至っていない。
Eさんが警察署に向かった数日後、尹の事件に関与し、すでに服役中だったDがBさんの殺人容疑で逮捕された。以前は主犯格とみられていたが、「尹のやったこと」と殺人容疑を否認。尹を「止められなかった」とも供述した。
Dは後の公判でも「殺意もなく共謀もしていない」と無罪を主張したが、2009年3月に大阪地裁が下した判決は懲役15年。大阪高裁の控訴棄却を経て、2010年7月に最高裁の上告棄却で刑が確定した。
背中に「冤」と書かれた赤いTシャツ
一方の尹は、AさんとBさん、Cさんの殺害容疑で起訴され、2009年8月に大阪地裁で初公判を迎えた。ただし、Bさんを除いて殺害方法は「不詳」、加えてAさんは遺体が未発見の「遺体なき殺人」である。
背中に「冤」と書かれた赤いTシャツ姿で出廷した尹は、笑みを浮かべる余裕を見せた。起訴内容を大声の中国語で否定し、無罪を訴えたが、2010年1月の大阪地裁判決は無期懲役。3人のうち替え玉殺人計画での犯行と認定されたBさんについてのみ殺人罪が適用され、Cさんについては「犯罪の証明がない」ため無罪となった。
Aさんについては傷害致死罪。大阪地裁はAさんの自宅に付着した「骨格筋や血痕」、自宅の畳の交換、尹が奈良県で捨てた「Aさんの血液が付いたバッグ」などから、尹がAさんを死亡させ、Aさんの遺体は解体されたことが推認できるとした。だが一方で、替え玉殺人計画の時系列からみると殺意の推認は難しかった。
検察と弁護側の双方が控訴したが、2011年4月、大阪高裁は1審判決を支持。控訴を棄却された双方は最高裁に上告した。が、最高裁は2013年11月11日付で双方の上告棄却を決定。1審の無期懲役が確定した。
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生きているはずの父親が死亡し、中国人妻と入籍していた――。第1回【日本人夫は失踪、“替え玉”2人は病死とバラバラ遺体…「中国人妻」が指名手配後に訪れた温泉街とマスコミに送った釈明の手紙】では、事件発覚のきっかけとなった出来事から指名手配までを伝える。
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