「ウワーッ!」毎晩10時半、高級マンションに響く叫び声…バンコクに移り住んだ中2男子を追い詰めた“息苦しさ”の正体
プールもジムもあるのに、コンビニへはひとりで行けない
暮らしていたのは、プールもジムも備えた高級マンション。だが、翼君が求めていたのは、もっと身近な自由だった。日本ではひとりで行けたコンビニや友達の家にも、バンコクではその都度、親に頼まなければならない。登下校はスクールバスのため、学校と自宅を行き来するだけ。学校帰りに友達と寄り道することもできなかったという。
前川さんによると、海外での生活では、安全面への配慮から子どもの行動範囲が制限されることがある。
「日本であれば、中学生にもなれば友達同士で電車に乗ったり、公園に集まったりして、親の目の届かないところでちょっとした冒険をしたり、ひとりの時間を持ってストレスの発散ができます。バンコクの駐在員家庭では、安全面への配慮から、通学や外出に大人が付き添わなくてはなりません。交通量の多い道路では、近くの塾へ行くにも親の付き添いが必要になるなど、日本にいた頃より自由に出歩けなくなる子もいるんです」(前川さん、以下同)
外出や友達と会う際にも、大人の目が届く環境で過ごすことになる。日本での自由な生活を知っている思春期の子どもにとって、常に監視されているような感覚は想像以上のストレスとなるはず、と前川さんは話す。
さらに追い打ちをかけるのが、語学や勉強に対して結果を求める周囲の期待だ。
「教育意識の高い駐在員家庭では、語学や勉強に対するプレッシャーが強くなりがちです。往々にして、周囲から『海外に住んでいるのだから英語ができて当然』と期待されたり、親から学校での高い成績を求められたりすることも少なくありません。息抜きの場もなく、ひとりで気分転換できる場所や時間が乏しければ、ストレスの逃げ場がなくなってしまうのは当然です」
近年では、こうした孤立感や反動から、タイでは一時解禁され身近になった大麻に手を出してしまったケース(※現在は再規制)や、オンラインゲームに逃避し、昼夜逆転してしまうケースも決して少なくはないという。
「母子だけ帰国させればいい」は安易な解決策か?
早紀さんも精神的に追い詰められ、一時は「子どもを連れて母子だけで日本に帰国しようか」と考えたという。ネット掲示板などでは「合わないなら母子だけ先に帰ればいい」などという安易なアドバイスが飛び交いがちだが、前川さんは慎重な判断が必要だと指摘する。
「日本に居れば、子どもの受験や教育と、家族そろって生活することは当たり前に両立できるはずのものです。しかし海外に渡ることになった途端、どちらか一方を諦めざるを得ない二者択一を迫られてしまう。これこそが、駐在ファミリーが常にさらされている切実なジレンマなんです。
もちろん、妻のキャリアや子どもの受験を優先して母子との別居を選ぶ選択肢もありますが、長期間離れて暮らすことで家族の時間や絆が失われ、将来的に夫婦関係の冷え込みや父親との間に決定的な溝ができるリスクもゼロではありません。短絡的に別居を選ぶのではなく、まずは現地で子どもが安心して自己表現できる環境を整えることが優先です」
前川さんのアドバイスを受け、早紀さんの家庭ではまず「親の口出しを減らし、子どものプライベートなスペースと時間を確保すること」から始めた。また、学校のスクールカウンセラーや担任、第三者の専門家に間に入ってもらい、しっかり話を聞いたり、言葉にできないフラストレーションを、アートセラピーなどを通じて少しずつ言語化するサポートを行ったという。
「思春期の子どもに必要なのは、説教ではなく、ただ自分の話を聞いて受け止めてくれる存在です。自分を認めてくれる大人と出会い、少しずつストレスの発散方法を身につけることで、改善に向かうケースは多くあります」
その後、環境の調整と専門家のアプローチにより、翼君が夜に大声を上げることは徐々に減っていったという。現在も家族でタイに暮らし、学校生活を続けている。
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