「平均余命1年」を宣告されたら「仕事は辞めて当然」か? 膵臓がん患者が直面した“病人は社会的役割から身を引くべきではないか”という考え方【第6回】

  • ブックマーク

誰にでも起こりうる未来の可能性

 当時の私が迷っていたのは、直ちに話すか、あるいは本当に「突然具合が悪くなる」まで言わない方がいいのかだった。言わない方がいいのではないかと感じた理由は、過剰に配慮されて迷惑になるのではないかということだった。その根底にあるのは「病人」であることが「弱み」であるという思考回路だ。パーソンズの時代のそれに近い社会的役割にこだわる考え方に今なお侵されていた。そう思うと同時に、同じ目線を他者に対しても抱いていたことを意識した。

 第5回で、「がんではなさそうな高齢の入院患者」を羨ましく、妬ましく感じたことを書いたが、この感覚も「まだ若い自分は本来、労働人口を担うべきだ」という考え方に根ざしている。裏を返せば弱者への偏見につながる怖さが潜んでいる。

 がんにならなければ、見過ごしてしまったかも知れない思考の澱のようなものが溜まっていることを初めて自覚した。そうして私は、がんになったことで逆に「明るくなる視野」があることを知った。

 友人の言葉に力を得て、それからの一週間で、私は職場の上司や関係者に状況を洗いざらい話し、仕事を続けたいという意思を伝えた。

 上司は宮野さんにとっての磯野さんさながらに、誰にでも起こりうる未来の可能性に過ぎないと受け止めて、励ましてくれた。

※記事中で引用した文献・資料の出典は以下の通りです。

『急に具合が悪くなる』(著 宮野真生子・磯野真穂/晶文社/2019年9月)
『現代社会学大系第14巻 社会体系論』(著 T. パーソンズ/訳 佐藤勉/青木書店/1985年12月10日第1版第9刷)

Y・J
1963年生まれ。京都大学大学院を経て、テレビ局に就職し、数多くのドキュメンタリー番組や教育番組を手掛ける。退職後は大学に転職し、現在も教員としてメディア論や社会学などを教えている。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 4 次へ

[4/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。