“伝説の捜査1課長”が対峙した「古美術店主」失踪事件の闇…別宅に愛人を囲い、高級外車を乗り回す「疑惑の従業員」は果たして“クロ”か?
令和の今も、警察を困らせる事件がある。マスコミ報道が先行する事案だ。関係者や捜索先が“荒らされて”しまうことから、水面下の捜査でどこまで被疑者に迫るか――それが大きなカギを握る。昭和の時代も例外ではなかった。昭和57年、東京都豊島区で起きた骨董店主殺人事件も同様の展開を見せたが、何より捜査陣を驚かせたのは、犯人を逮捕した後の展開だった……。(全3回の第1回)
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集められた捜1
500円硬貨が初めて登場した昭和57年――9月25日、土曜日のことである。
正午前、東京都港区西麻布のビルに、スーツ姿の男たちが黙って入っていった。このビルは警視庁刑事部の研修所。その一室に参集したのは、捜査第一課の第4強行班捜査・殺人犯担当9係の捜査員たち。彼らが極秘に捜査する内容は、以下のものだった。
〈特異家出人の捜査について〉
昭和57年は500円硬貨以外に、世間の注目を集める出来事があった。老舗百貨店である三越の商品仕入れなどで不正が発覚、当時の岡田茂社長が取締役会で電撃解任(9月)されることになる。そのきっかけは同年8月、日本橋の三越本店で開かれた秘宝展で展示された品物が、偽物だったと騒ぎになったことだった。その三越に偽物を納品していたのが、この〈特異家出人〉である。
同年4月1日、池袋警察署である捜索願が受理された。届人は南池袋の骨董店「無尽蔵」の従業員Z(29)。店主のYさん(56)さんが、2月28日から行方不明になっているという。
「仕事がいやになって家出したようだ。外国に行ったかもしれない」
Zは池袋署の聴取に、こう答えた。防犯課(現・生活安全課)で調べたところ、骨董店の経営を巡り、取引先とのトラブルもなく、経理面でも特に問題はないように見えた。ただ、一人暮らしのYさんの自宅アパートを捜索したところ、部屋の中は散らかっているというか荒らされたような乱雑さで、洋服タンスからは女性ものの下着がいくつも出てきた。
「興味ある素行の持ち主」――捜査員の間で交わされる隠語だが、Yさんは終戦直後、米軍のハウスボーイを経て、池袋でゲイバーを経営。昭和46年ごろから古美術商になり、件の骨董店主になっていたことが分かった。だが、肝心の行方はようとして知れなかった。
この年の3月1日付で、第44代・警視庁捜査第一課長に就任したのが田宮榮一氏。同年の8月下旬、その捜査第一課に、
〈「所在不明者は、日本橋三越本店で開催されている秘宝展に贋物を出品したことに関連して、消されたのではないか」
という情報がもたらされた。
店主(Yさん)は力士かと思われるような大男で、しかも坊主頭だったから、海坊主などと呼ばれていたらしい〉(田宮榮一著『警視庁捜査一課長 特捜本部事件簿』角川書店より)
「秘宝展」とは上述の通り、8月24日から30日まで、日本橋三越本店7階の「三越美術館」で開かれた「古代ペルシア秘宝展」を指す。ここに出品・即売された47点(売値総額は約21億円)について、「ほとんどが偽物だ」という西アジア美術研究家の投書をきっかけに、多くの専門家や学者が同調しただけでなく、「稚拙な模造品だ」と酷評、大きく報道されていた。
実際にYさんもこの秘宝展に出品していたことから、失踪との関連を疑われることになったのだが、
〈秘宝展の主催は朝日新聞社だったので、この件に関する記事は断然他社を圧倒していた。警察が把握していない情報も朝日新聞が報じていたので、大変参考にもなったが、反面、捜査を進める際には特段の警戒を要すると思われた〉(同)
そこで、情報をもとに、Yさんへの捜査を本格化させるため、報道陣の目の届かない都内の拠点に捜査員を集めたのである。殺人犯捜査9係長は寺尾正大警部。これより13年後の1995年2月、第54代・捜査第一課長に就任し、オウム真理教事件の捜査を指揮することになる。
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