“高倉健さんと共演”した甲子園のレジェンド「板東英二さん」…「生前葬」で明かしていた大物芸人の金言「色々あったけど、前を向いて歩こう」
交遊の広さは別格
とにかく板東さんが得難いのは、交遊の広さと面白いエピソードの数々だろう。
プロ野球は長嶋茂雄、王貞治(86)、星野仙一ら、映画は高倉健が筆頭で、お笑いはビートたけし(79)、明石家さんま(71)、島田紳助(70)と、各界のトップの名前が出るわ出るわ。ONと高倉は別格として、他は五分以上に渡り合ったのだからすごい。
例えば、高倉。板東さんは映画で共演した折、高倉の言葉が刻まれた高級腕時計を2個もらった(1個はROLEX)。そのエピソードは以前書いたが(2024年11月10日配信)、中日ドラゴンズの後輩で大親友の星野が、高倉に感激した、とっておきの話もある。
1992年公開の映画「ミスター・ベースボール」の撮影でのこと。場所はナゴヤ球場。高倉は中日ドラゴンズの鬼監督、という役柄だった。
撮影で球場にやってきた高倉が、星野がいる監督室のドアをノックした。星野がドアを開けると高倉は向こうにいて、ピンと背筋を伸ばして立っていた。
〈はじめまして。高倉健です。試合前に失礼とは思いましたが、ご挨拶に参りました〉(前掲書より)
あの健さんが! 星野は挨拶も忘れ、呆然と立ち尽くしたという。そして帽子の被り方、ストッキングの履き方などを質問された。星野にとっては夢のような時間になった。その話を聞いた板東は〈星野もまた、健さんの素晴しい人柄に魅了されました〉(同)と書いた。97年に亡くなった扶沙子夫人の命日には、高倉からお線香とお供えが毎年、届いたそうだ。
板東さんがタレントになるきっかけは笑福亭鶴瓶(74)との付き合いだった。当初は二人で飲み歩いた。下半身の露出騒動などを起こした鶴瓶のことを「昔から、ゆるいところがあった。でも、そんなん、ええやないかとずっと思っています」として、故・上岡龍太郎の言葉を引き合いに出した。
〈マスコミが芸人が女とキスしたとか朝帰りしたとか書くけど、「それはまちごうとる。下半身がだらしないから芸人になっているんです。道徳的な意識をもっていたら、芸人なんかならなくて、公務員になる」というんです。そして「横山ノックを見てみい」と。芸人の鑑やないか。知事でありながら彼女がいてというんです。実はノックは僕の名古屋の家にも彼女を連れてきたことあるし、そういうのが普通でした〉(同)
この項の小見出しは「憎めない笑福亭鶴瓶に乾杯」。
そんな各界の大物と交流しながら、12年のドタバタである。板東さんは同書のまえがきで人生を野球に喩え、痛恨のスキャンダルをこう表現した。
〈僕の人生を野球で言ったら、9回裏、勝ち投手の権利を手にしながら、満塁ホームランを打たれて、同点、いや逆転されたようなもんでした〉
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