「あの神父、なんとなくニオうな」…昭和の未解決事件「BOACスチュワーデス殺し」を追った刑事の“告白”と、松本清張氏が小説で描いた“怒り”

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 週刊新潮にとっての「昭和三大未解決事件」といえば、〈3億円事件〉〈グリコ森永事件〉、そして1959(昭和34)年の〈BOACスチュワーデス殺人事件〉――通称〈ベルメルシュ事件〉である。

 当時の花形職業、海外航空会社のスチュワーデス(当時の名称)に採用されたばかりのTさん(27歳)が、杉並・善福寺川で縊殺死体となって発見された事件だ。

 捜査は難航したが、約2か月後、ベルギー人神父、ルイ・ベルメルシュ(38歳)が重要参考人として浮かぶ。だが、任意出頭による取り調べが始まるや、突如、母国ベルギーへ帰国してしまった。以後、事件の真相はすべて闇に葬られ、70年近い年月が流れている。それでも執ようなまでに、“その後”を追いつづけたのは、週刊新潮だけではなかった。その内幕に迫る。(前後編の前編)

神父の出国直後に「犯人の手記」?

 週刊新潮の第一報記事《クローズアップ スチュワーデス殺人事件》は、1959年3月30日号に掲載された。だがこのころは、まだベルメルシュ神父の「ベ」の字も、ない。それよりもTさんの、意外と複雑な男性関係に焦点が当てられていた。

 ベルメルシュ神父の名が週刊新潮に初めて登場するのは、第二報《噂の中の神父 スチュワーデス事件真相攻防戦》(1959年5月25日号)だ。彼は、カトリック教会系の出版社で会計係をつとめており、信者であるTさんとも交流があった。この教会は、イタリア本部から送られてくる援助物資を横流ししており、ベルメルシュはこれに関与しているのでは、との噂もあった。Tさんは、この不正行為に巻き込まれ、殺害されたのではないか……との見方が強かった。

 だが、6月11日午後7時半、本人が突如、羽田(当時の国際空港)から出国してしまった。すると、週刊新潮1959年6月29日号に、驚くべき記事が載った――《スチュワーデス殺人犯人の手記》。前代未聞の大スクープ? ところがよく見ると、タイトルの上に《特別読切小説》とあり、《小川久三》なる筆者名があった。「小説」だったのだ。

 内容は、ある日本人女性をめぐる三角関係のもつれで、某国大使館員が殺害におよんだ、その告白手記という形をとっている。少々ひと騒がせな創作「小説」だが、それほどこの事件が世間の注目を集めていた証左ともいえる。この号の発売日は6月22日(月)である(当時の週刊新潮は月曜日発売だった)。ということは、締め切りは18日(木)~19日(金)あたり。つまり、11日(木)のベルメルシュ出国の報を受けてから、1週間で書き上げたわけで、編集部がいかにこの事件に関心を抱いていたかがわかろう。ちなみに筆者・小川久三についてはいまでは詳細不明だが、編集部記者の筆名だとも、またのちの推理作家・小林久三の若き日の変名だともいわれる。

 以後、週刊新潮は、新年号やお盆特別号のたびに、事件を回想する大型記事を掲載する。

《戦後二十年の終章~ベルメルシュ神父と聖堂の壁》(1965年8月14日号)

《戦後史の目撃者~ベルメルシュ神父日本脱出「羽田の十五分」》(1971年1月9・16日号)

《私にとって「戦後最大の謎」~ベルメルシュ事件 スチュワーデスに残された痕跡/梶山季之》(1974年1月3日号)

《戦後35年のかげに~ベルメルシュ神父「海外逃亡」その後の情報》(1979年8月16日号)

 そして1982年、決定的なスクープが掲載される――《いま加藤主任警部が明かす スチュワーデス殺人事件「ベルメルシュ神父」捜査の真相》(1982年8月19日号)である。

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