「あの神父、なんとなくニオうな」…昭和の未解決事件「BOACスチュワーデス殺し」を追った刑事の“告白”と、松本清張氏が小説で描いた“怒り”
元主任警部の〈告白〉――D社には“スパイ”がいた
警視庁捜査一課の主任警部だった加藤勘蔵さん(当時67歳)が、資料やメモをもとに、捜査の内幕を語った、一種の“告白手記”である。取材の一部を担当した、A元記者(現在68歳)の話。
「担当デスクは、のちに第4代編集長となる、故・松田宏さんです。以前より交流があった加藤刑事が引退したというので連絡をとったところ、そろそろお話ししてもいいでしょうということで、松田デスクと2人、東京郊外のご自宅へインタビューにうかがいました。暑い夏の日で、加藤さんは浴衣姿で出迎えてくれました」
捜査陣は、事件発覚直後に、被害者Tさんが、カトリック教会が運営するD出版社と関係があったことを掴んでいた。そしてすぐに同社を訪ねている。そこでは3人の外国人神父が出迎えた。その1人がベルメルシュ神父だった。いろいろ事情を聴いていると、
〈ベルメルシュ神父が「Tさんがどうかしたのか?」と聞くので、刑事の1人が「Tさんが死んだ」と話すと、別に驚いた様子も見せずに、「ほ、死んだですか。よい信者でした」と、何回も繰り返していた。(略)捜査本部に帰って来た刑事は、「あの神父、なんとなくニオうな」といっていた。〉
実は捜査陣は、被害者Tさんの下着から、精液を検出していた。
〈血液型は、A型かAB型でした。その状況から、被害者は3月8日以降、男と交渉していることが推定できました。3月8日以降ということは、被害者の行方がわからなくなってから、ということになるわけで、捜査本部は、この関係した男が事件のカギを握るものと考えざるを得なかった。〉
現在のようなDNA鑑定は、まだない。血液型鑑定も、まだ曖昧な時代だ。やがて、神父とTさんがそれなりの“仲”だったらしいことが判明する。
〈しかし捜査は、なかなか核心に向かって進まなかった。そこで私どもはD社の中に“協力者”をつくった。ベルメルシュ神父の動向を監視してもらうと同時に、物的証拠を取るための内偵を依頼した。〉
ここから加藤さんの“告白”記事は、まるでスパイ小説の様相を呈する。“協力者”の報告によると、神父のアリバイは完璧だった。仕方ないので、捜査本部は、神父に任意で出頭を求めた。場所は警視庁だと目立つので、新築されたばかりの、台東区・菊屋橋庁舎ビルとなった。ここの取調室には、日本で初のマジックミラーが付いていた。
〈果たして、ベルメルシュ神父は出頭した(5月11日)。バチカンの大使館の書記官が立会人となった。神父は日本語が達者なので、通訳はいらない。しかし神父は、辞書を一つ携えてきた。(略)神父は被害者との肉体関係を認めなかった。連れ込みホテルに入ったのも、寒かったので休憩しただけだといった。あのオトシの八兵衛こと平塚八兵衛くん(故人)が、11、12、13日の3日間取り調べても、事件前後のアリバイは崩せなかった。/なにしろ神父は用心深かった。何か語りそうになると、持ってきた辞書を開いて、「正確な日本語は」といって考え込み、おかげでタイミングを外された。それに神父は、お茶も口にせず、鼻もかまなかった。まったく何にも触ろうとしなかった。指紋や血液型を取られるのが怖かったのだろう。〉
その後、任意取り調べは2回行われるが、神父はシッポを出さない。どこにも手を触れないし、お茶にも口をつけない。そこで捜査陣は、例の“協力者”に、神父が使用した鼻紙かハンカチを入手するよう、要請する。“協力者”は、クリーニングに出される前の、神父が鼻をかんだハンカチを入手した。
〈鑑定の結果は……これが意外にも、A型でもAB型でもなかった。Oまたは非分泌型というヤツであった。しかし、“協力者”が持ち出した神父のハンカチが、まこと神父のものであったのだろうか。私はいま一つ疑っている。/もう一度、神父を呼んで、最後のツメをするつもりだった。本人にも通知し、了承を得ていた。ところが、6月11日午後7時半、神父は羽田を飛び立った。正午ごろ、例の“協力者”から羽田へ神父が向かったという連絡を受けたが、すでにすべては遅かった。逮捕状が取れないのだから仕方がない。〉
この手記で加藤元主任警部は、殺人の動機について、あくまで痴情のもつれだったとの見方を貫き、こう述べている。
〈私の推理では、神父は被害者を“自分の女”として囲うつもりだったが、彼女は、それでは結婚できないと断ったのではないか。あくまでも痴情がからんだ事件と思う。〉
週刊新潮は、この“加藤手記”以後も、まだ執ように事件を追うのだが、とりあえずここまでにして……ところで、上記手記で加藤氏は、こう結んでいる。
〈バチカンの工作による密輸の協力を断ったため殺されたと小説では書かれたが、私は、それは関係なかったと確信している。〉
この「小説」が、松本清張『黒い福音』である(現・新潮文庫)。だが、とても「関係なかった」とは言い切れないような、説得力と迫力に満ちた力作なのだ。
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