「もし俺が死ぬようなことがあっても、おまえは飛んで来なくていい」 渥美清さん没後30年 家族同然に付き合った盟友だけに見せた素顔とは

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墓石に刻まれた文字

 新宿区内の寺にあるお墓にも渥美清や寅さんを連想させる文字は一切ない。そもそも渥美さんが父のために1962年に建立し、田所家の家族が眠るお墓だ。墓石には田所康雄の名が新たに刻まれた。

 関さんは渥美さんの月命日の4日には、お墓参りを欠かさなかった。

「家の近所にお花屋さんがあるのですが、あらかじめお花を頼んでいました。毎月1度以上お墓に出かけていました。渥美さんと話をしている気持ちだったと思います」(恵子さん)

 8月の命日に合わせて、関さん夫婦、谷幹一さん、玉川みどりさんなど浅草の古くからの仲間が少数で集まってお墓参りを続けていた。渥美さんはおおげさで派手なことが嫌いだった。だからひっそり内輪で会いに行くのである。

盟友も他界

 関さんは2006年に78歳で他界。棺に花を添え最後の別れを告げる参列者が引きも切らず押し寄せ、用意された花が追いつかず、供花を勝手に摘む人も。思い思いに話しかけ、それでもこの場を去りがたい人が棺を幾重にも囲んだ。余りにも多くの花が詰められ、棺に蓋をするのが難しかったほどだ。渥美さんが絶大な信頼を寄せた関さんの人徳を改めて感じさせる葬儀だった。

「主人に続いて谷幹一さんも(2007年に)亡くなり、どんどんさびしくなっていきます。主人の位牌も、渥美さんが作ってくれたお揃いの位牌です。仏壇に置いてあって手を合わせていますよ。関谷敬二の本名ではなくて、関敬六って書いてありますけれど、渥美さんの思いが入っています。それに作った時、ふたりは一緒にいたんだな、と思い浮かべますね」(恵子さん)

 渥美さんの妻、正子さんとの交流は続いていた。

「丁寧な年賀状をいただいていました。正子さんからの年賀はがきのくじが当たったことがあって、新春からこんなことがありましたと御礼のお手紙を出したら、またお返事を下さいました」(恵子さん)

 渥美さんは正子さんとの間に1男1女を授かっているが、皆、表に出ることはない。

「私も歳を取り、渥美さんのお墓参りになかなか行けなくなって申し訳ないです。数年前でしたか、新聞記者の人に一緒に来て欲しいと言われて、車に乗せられて
お墓参りをしたこともありました。渥美さんが亡くなって30年の命日は、家の仏壇の位牌に手を合わせて昔を思い出します」(恵子さん)

 相手の名が裏に記されたお揃いの位牌は、作られて約43年を経てそれぞれの家の仏壇に納まっている。位牌を通じた永遠の盟友関係である。

デイリー新潮編集部

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