「ソ連の船」から仮死状態で落とされ…漂流遺体となった「21歳女子大生」 航海士逮捕の“強引な幕引き”で謎残る「バイカル号事件」【昭和の殺人事件】
精神科病院に送られたという通知
ソ連外務省は8月14日、在ソ日本大使館にビソーコスの起訴を通知。9月17日には運営企業の総裁が遺族に対して「補償の用意がある」と発言したが、それ以降は音沙汰が途絶えた。
事態が動いたのは事件から約11カ月後、1977年6月のこと。日本大使館が受けた通告によると、モスクワ市裁判所はビソーコスが精神混乱状態でAさんを殺害し、遺体を船外に投棄したことを断定した。だが、現在のビソーコスは「責任能力を欠く」ため、矯正治療のため精神科病院に送られたという。刑事処分や遺族への補償には触れておらず、いささか強引な幕引きであることは明らかだった。
日本政府は口上書で裁判の詳細を求めたが、当時は冷戦のさなか。日ソ間の軋轢は深く、遺族の要望でもあったこの依頼に応える動きはなかった。一方で、ロッキード事件など大事件が相次いたこともあり、Aさんの件はメディアからも消えていく。「見舞金1000万円」と「週刊新潮」が報じたのはさらに9カ月後、1978年3月のことだった。
〈漁業交渉や北方領土問題でのソ連の態度を比べるにつけ、さすが社会主義国、“人命”だけは大事になさる、と思ったのだが……。はじめに示した金額はたった400万円。4、5000万円の訴訟も辞さずという遺族に拒否されて、次に示したのがこの1000万円という額〉(1978年3月16日号)
ナホトカ航路はその後、1986年10月に乗客の亡命騒ぎでメディアに再登場。そして1991年12月のソ連崩壊を受け、1992年に航路廃止となった。Aさん事件の真実は現在も謎に包まれている。




