【米本社が売却検討】世界屈指の成功例「日本のスタバ」の30年 抹茶とご当地店で2,000店超の“優等生”が売られるワケ

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 スターバックスが日本事業の売却を検討している――。6月10日のブルームバーグ報道を見て、驚いた人も多かったのではないだろうか。売却額は4,000億~5,000億円規模とも報じられ、日本単独でのIPO(新規株式公開)も選択肢に入っているという。

 ただ、誤解してはいけないのは、日本事業が苦しいから売るのではないということだ。むしろ逆である。スタバの日本事業は、同社の海外展開のなかでも屈指の成功事例として知られてきた。店舗数は2,000店を超え、売上も堅調。日本の消費者にこれほど定着した海外外食チェーンは決して多くない。

 では、なぜ今なのか。背景には、全売り上げの7割を占める本丸、米国事業の苦戦がある。さらに最大の海外市場である中国市場では、現地競合との競争が激化している。グローバル企業として資本効率を考えれば、店舗や本社部門のリストラといった再建と同時に「高く売れるうちに優良資産を現金化する」という判断に至るのは決して不自然ではない。ただし、これはあくまで現時点の報道ベースでIPOを含めたいくつかの選択肢が並ぶ中での推論にすぎない。

 消費の現場を長く見てきた立場からすると、今回のニュースは単なるM&Aの話ではなく、むしろ「なぜ日本人はここまでスタバを好きになったのか」を改めて考えさせられる出来事だった。

1通の「ラブレター」から

 ここで日本のスタバの歩みを振り返っておこう。意外と知られていないが、その始まりは日本側からの「ラブレター」だった。

 きっかけは1992年末、「アフタヌーンティー」や「アニエスベー」といったトレンドを仕掛けてきた「サザビー」(現サザビーリーグ)の鈴木陸三氏と兄の角田雄二氏が、スターバックスCEOハワード・シュルツに事業提携を持ちかける手紙を送ったものとされる。だが当時のスタバはまだ北米のみの展開。市場調査の結果、日本にはすでに喫茶店が多くありすぎ、アメリカ式のコーヒーショップは難しいと判断された。

 スタバ側は日本進出にそういった懸念があったものの、来日しアフタヌーンティー店舗を視察したことで払拭。両社は1995年10月に合弁でスターバックス コーヒー ジャパンを設立した。翌1996年8月2日、東京・銀座(銀座松屋通り店)に北米以外で世界初の店舗を開いた。記念すべき最初のオーダーは「ダブルトールラテ」だったというエピソードも残っている。

 その後、2001年にナスダック・ジャパンに上場。2014年に米本社が完全子会社化を決定し、サザビーリーグは保有株(約4割)を約550億円で売却。2015年3月に上場廃止となり、現在は米スタバの完全子会社という形になっている。今回の売却検討は、いわば「再び日本の手に渡る可能性」をも含んだ話なのである。

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