「1日3回、食後に2錠」の意味が分からない子どもが… ルーマニアで今起きている“教育崩壊”の衝撃(古市憲寿)

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 ルーマニアには魔女がいる。都市伝説でも陰謀論でもない。SNSを使いこなし、オンラインで仕事を請け、時にはライブ配信をするような「魔女」がいるのだ。かつてヨーロッパでは魔女狩りがあったが、あれは主に西欧・中欧の話。ルーマニアを含む東欧では、魔女狩りは西欧ほど激化しなかった。キリスト教が土着信仰と共存していて、魔法が生活の一部として根付いてきたのだ。

 僕はこうした話をルーマニアに向かう飛行機の中、角悠介さんの『呪文の言語学』という本で知った。同じ本で紹介されていた「クレント」も興味深かった。ルーマニア語で「流れ」という意味なのだが、ルーマニアの人は隙間風を嫌がるらしい。車の窓を少し開けるのはもちろん、部屋などで2カ所の窓を開けて換気を良くするなんてもってのほか。現地で知り合った若者にも聞いたのだが、クレントの話は本当だった。「基本的には上の世代が信じてるんだけど、僕も気にしてしまう」とのこと。まあ、冬の東欧は極寒なので一定の合理性があるのだろう。

 だが今、ルーマニアの知識層が最も憂慮しているのは魔女でもクレントでもなく、教育崩壊である。一応、EU加盟国ではあるのだが、識字率の低さが問題になっているのだ。正確に言うと、機能的非識字といって、文字は読めるが文章の内容を正しく理解できない15歳の生徒が約4割もいるというのだ。

 例えば薬の説明書に「1日3回、食後に2錠」と書いてあっても、1日に合計何錠飲めばいいのか分からない状態である。農村部では学校が遠かったり、教師の給与が低かったり、とにかくまともな教育のできる環境が整備されていないのだ。教師が正規の給料だけでは生活できないので、一部では生徒に半ば強制的に有償の個人レッスンを受けさせるといった本末転倒なことも起こっていた。

 こうなってくると心配なのはフェイクニュースの台頭だ。実際、ルーマニアではロシアがSNSのアルゴリズムを悪用して特定候補を勝たせたといった疑惑で大統領選挙がやり直しになっている。

 教育は崩壊し、政治は混乱。庶民の生活は苦しい。いまだに農村部には、室内に水洗トイレやシャワーのない家も少なくない。僕が聞いた中でも、共産主義時代の方がマシだったという人さえいる。

 じゃあ治安も悪いのではと思うかもしれないが実際は逆。首都ブカレストをはじめ、総じて治安はいい。なぜか。一つの理由は、犯罪をするようなガッツのある若者が、海外に出てしまったためだという。街にはもう荒れるエネルギーさえ残っていないのだ。

 ブカレスト郊外には巨大テーマパーク「ドラキュラ・ランド」が準備中。ルーマニアにとってドラキュラは貴重な観光資源。東京ディズニーリゾートの約1.5倍の広さに40以上のアトラクションが建設される予定。風光明媚な景勝地も多く、観光で行くにはオススメです。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2026年2月5日号掲載

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