大人の胸にも刺さる「人生観の授業」 フィンランドの教育はなぜ世界一なのか

ライフ 2019年7月9日掲載

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 先生の個性にもよるのだろうが、学校での道徳の授業は、多くの日本人にとってはあまり印象に残るものではなかったのではないか。教えようとしていることは悪いことではない。

 たとえば小学校の場合「正直、誠実」「節度、節制」「感謝」「礼儀」「規則の尊重」「勤労、公共精神」等々を学ぶことになっている。こうしたことを正面から批判するのは難しいだろう。一方で、そこで伝えていることや、伝え方が通り一遍なので、印象に残らないという面はあるかもしれない。「道徳の授業みたい」というフレーズは、ほぼ「タテマエにしか聞こえない」という意味で使われる。

 これが外国の場合だと、少し様相が異なる。PISA(15歳児童の学習到達度国際比較)で、多くの項目で世界一を獲得し、日本でも注目を集めているフィンランド。この国では、日本の道徳にあたる科目が「人生観の知識」と呼ばれている。

 ヘルシンキ大学非常勤教授の岩竹美加子氏の新著『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』によれば、この科目は小中学生、高校生が学ぶもので、「宗教を取らない子どものため、哲学、倫理、ソーシャル・スタディーズ、政治、文化などを横断する学際的な科目で、その中に道徳も含まれる」とのこと。岩竹氏の息子さんもこの科目を高3まで学んでいたという。

 そして、この「人生観の知識」の教科書に書かれている文章は、日本のものとは一味違う。大人が読んでも胸に刺さるような内容、鋭いフレーズが多く含まれているのだ。以下、同書をもとに「人生観の知識」の一部を紹介してみよう(引用はすべて『フィンランドの教育はなぜ世界一なのか』より)。

 たとえば「道徳」と「倫理」はどこが違うか。大人でも答えづらい難しい問題を明確に説明している。

「道徳は、善と悪、正しいことと間違っていることを区別する人間の能力のことである。道徳と倫理は、しばしば混同される。(略)倫理は、道徳的な問題を考察することだが、人の行動に干渉したり、こうすべきだというような行動に関する指示をしたりしない」

「何が正しく、何が間違っているかについての個人的な意見に加え、私たちが住む文化的な環境が道徳に影響を及ぼす。その一方、善、および良い人生の基本になる事についての普遍的な原則が存在する。(略)たとえば、子どもの権利と人権は、こうした普遍的な原則である。それは、まだ全ての場所で実現されてはいないが、実現に向かうことを私たちは知っている」

「権利と義務」についてはこう述べる。

「権利は、義務も伴う。多くの義務は、私達自身が何を正しい、何を間違っている、と考えるかによる。また、法律で決められていて、遵守しなければならない義務もある。たとえば、子どもには教育への権利があるが、教育は義務でもある」

「社会は、私達が法を守り、人として生きることを求める。もし法律や規則を破った場合は、罰則が伴う」

 こうした原則を教えた上で、子どもに次のようなことを考えよ、と質問する。

「・権利と義務はしばしば一緒になっている。もし、自分で宿題について決める権利があるとしたら、どんな義務がついてくるだろうか。
 ・現在の社会が認めないような権利は、あっただろうか。
 ・いつも守らなければならない義務を5つ考えなさい。
 ・それぞれの場での、義務と権利をあげなさい。学校。家で。休日」

 これもまたなかなか大人にも難しい問いである。全体として、日本と比べた場合に、相手を一人前扱いしているような文章、問いが目立つ。「知る」とは何か、という問題に関連しては次のような説明がなされている。

「私たちは、ヘルシンキがフィンランドの首都だと、なぜ知っているのだろう。水は100℃で沸騰すると、なぜ知っているのだろう。朝太陽が昇ると、なぜ知っているのだろう。知識とは何だろう。(略)
 人には、世界とその現象について知り、説明したいという欲求がある。(略)どうすれば確実な知識を得られるかについては、2つの見方があった。1つは物事を観察し、実験することである。もう1つは、人の感覚はあてにならず、実験には誤りがあるかもしれないので、理性的に道理で考えることである。18世紀になって、知識を得るには両方が必要だということが認められた」

 この後、次のような質問がされる。

「・あなたは、自分で世界の全ての事を経験することはできない。どういう根拠で、ある知識を真実と考えるか。
 ・次の主張は正しいか。その根拠は?
 ・2足す2は4である。
 ・サンタクロースは存在する。
 ・地球は丸い。
 ・地球と月の間の距離は、約30万キロメートルである」

 生徒に考えさせる方針は徹底されており、「教育の意味」もまた考える対象となっている。「国の教育計画は、それによって生徒を育てようとするイデオロギーと価値、目的を映し出す」としたうえで、練習問題として以下のような設問がされている。

「・高校の教育計画の基盤となる価値及び、実際に教育がどう行われるか調べなさい。生徒が、どういった価値を内部化することが想定されているか。そうした価値をどう思うか。
 ・『人生観の知識』の教育計画を調べなさい。それをどう思うか」

 いままさに学んでいる科目もまた、考える材料としているのだ。

 こうした実情を知り、その高度さに感心するか、寝ていても問題なかった日本の道徳の授業を愛おしく思うか。その価値観もまた人それぞれだろう。ただ、一人一人に考える力を身に付けさせることで、フィンランドの教育は世界一という評価を得ているようだ。

デイリー新潮編集部