黙秘権が多用され、加害者は“黙り得”という現実 名古屋主婦殺害、被害者の夫が憤慨 「遺族をさらに傷つけるつもりか」

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うそをついても偽証罪に問われない

 黙秘権の多用。その背景にはもう一つ、2019年から義務化された取り調べの可視化があるのではないか、と高橋弁護士は分析する。

「被疑者が黙秘権を行使しようとした時に、取り調べ官から『不利になるよ』と暗に仄(ほの)めかされるケースが可視化で減ったためとみられます。もちろんこのような示唆自体間違いですが、取り調べ官も被疑者に反省を促すのを意図してそう仄めかす時があります」

 性犯罪でも、被疑者による黙秘権の行使は相次いでいるという。数多くの性犯罪被害者を支援してきた上谷さくら弁護士が解説する。

「性犯罪は客観証拠が乏しい場合が多いので、被害者の証言頼みです。そこで黙秘をされると被害者証言にかなり高度な信用性が求められることになります。信用性がもとより高い場合はそれだけで起訴されて有罪になりますが、そうしたケースは極めて珍しい。黙秘して不起訴になれば、加害者にとっては『成功体験』になるので、反省する機会を失い、再犯に及ぶ可能性もあります」

 黙秘権を有する被告人が裁判で口を開き、うそをついても偽証罪には問われない。ところが被害者が証言をする時は裁判官から「うそをついたら処罰されます」と告げられ、真実を述べる旨の宣誓をさせられる。これは刑事裁判において被告人は裁かれる「当事者」で、被害者はそうではないという原理に由来するのだが、だとしてもあまりに均衡を欠いているのではないか。そんな不公平感も踏まえ、上谷弁護士はこう強調する。

「何でもかんでも黙秘をさせようとする今の刑事弁護のやり方には違和感を覚えます」

 冤罪はあってはならない。そんなことは誰もが分かっている。だからといってその「正義」を悪用し、黙秘権を過剰に行使するのは、被害者や遺族をさらに傷つけるという意味で、二次被害を生む恐れがある。

「口を開くことが、唯一の償いではないのか」

 高羽さんは安福容疑者の犯行動機が分からないため、奈美子さんの遺影が飾られた仏前で、事件の真相をいまだに報告できない状態が続いている。犯人逮捕を26年間待たされてもなお、立ちはだかる「司法の壁」に、切実な思いが込み上げていた。

「安福からどんなに謝ってもらっても、金を積まれても奈美子はもう返ってこないんです。だからせめて、口を開くことが、安福に残された最後にして唯一の遺族への償いなのではないでしょうか。でも弁護士にはそんなことは関係ないのかもしれませんね。とにかく安福を黙らせ、罪を軽くすることが彼らの職務なのだとしたら」

 高羽さんは高校時代、同じ軟式テニス部に所属する安福容疑者から好意を寄せられていた。卒業後、高羽さんが進学した大学のテニスコートにまで安福容疑者は姿を見せたが、交際の申し出はきっぱり断った。それでもまたコートに現れた……。

 もしや、法廷で彼女は「痴情のもつれ」が動機であるとでも主張するつもりなのだろうか。だとしても言わずもがな、それは安福容疑者サイドの一方的な「物語」に過ぎず、ましてやそんな過去の話を持ち出し、何の落ち度もない奈美子さんの殺人が正当化されるわけもない。

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