サザエさんは「アガサ・クリスティ」の愛読者、NYタイムズが1面で報じた「ポワロ死す」…没後50年で振り返る「ミステリーの女王」秘話
ルクレツィアという、イタリアに実在した王妃がいる。15世紀末から16世紀初頭にかけ政略結婚に利用され、数々の暗殺にも関わったとされる絶世の美女だ。その〈ルクレツィア以来、こんなに人殺しで儲けた女性は、この人以外にいない〉と、アメリカの「タイム」誌に紹介された女性がいた(1976年1月21日号)。ミステリー作家のアガサ・クリスティで、その内容は彼女の訃報を伝える記事であった(※1976年1月12日逝去。享年85。記事は拙訳)。
2026年は“ミステリーの女王”、アガサ・クリスティの没後50周年。既に各出版社もメモリアルな企画を進めているが、数々の逸話とともに、その偉大さを振り返りたい(文中敬称略)。
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NYタイムズの1面に「ポワロ死す」
国民的マンガである『サザエさん』で、夕食前、本を精読しているサザエに、夫のマス夫が、(今夜は凝った御馳走が期待出来そうだ)と思う回がある(朝日新聞。1958年)。ところがサザエが熱心に読んでいたのはミステリー小説というのがオチだった。1958年と言えば2月に松本清張の「点と線」が出版され、ミステリー・ブームが過熱していた時期でもあり、世相も反映していると言えよう。では、そのサザエが読んでいたミステリーは、一体なんなのか? 前年の同作に、サザエが友人に本を勧める台詞がある。
「アガサクリスチーは?」(朝日新聞。1957年10月28日付。原文ママ)
他にシャーロック・ホームズや江戸川乱歩の名も挙がるのだが、当時の日本で、クリスティが相当の人気を得ていたことがわかる。
クリスティの書籍は、亡くなった1976年時点でシェイクスピアより14ヵ国語も多い、103ヵ国語に翻訳されており、2015年には「最も翻訳されている作家(ユネスコ調べで6598の翻訳版)」として、ギネス登録された。また、朝日新聞が2013年、「私の好きなミステリー作家」として読者にアンケートを取ったところ、クリスティは東野圭吾、松本清張、宮部みゆきに次ぐ4位であった(※1)。言わずもがな、外国人作家としてはトップである。
何故これほど人気があるのか? それにはさまざまな理由があるだろう。平易な文章、どことなく品位を感じさせる作品の風情、絶妙なプロットに立脚した語り口の上手さetc.……。挙げればきりがないが、ミステリー史に残る傑作を上梓しているだけでなく、後に続く作家たちにも多大な影響を与えた事実も大きいだろう。
例えば、『そして誰もいなくなった』(1939年)は恩田陸、湊かなえ、更には大御所の筒井康隆もうら若き頃、多大な影響を受けたことを公言しているし、『アクロイド殺し』(1926年)を小学生時に読んで衝撃を受けた呉勝浩(小説『爆弾』など)は、「以降、自作でも驚きを追求せざるをえなくなった」と明言している。現役作家への多大な影響だけでなく、彼女の作りだしたキャラクターは、現実の新聞をも動かした。
〈エルキュール・ポアロ死す;ベルギーの探偵として有名〉
1975年8月6日付、ニューヨーク・タイムズの1面大見出しである(拙訳)。エルキュール・ポアロはご存じ、クリスティ作品で活躍する名探偵だ。卵型の頭に、八の字型のヒゲが特徴で、ホットチョコレートを好み、シンメトリー(左右対称)に美を見出し、特にヒゲについては焼きゴテとアルコールランプで手入れするほどこだわりのある個性的人物だった。
とはいえ、これまたクリスティが創出した女流素人探偵、ミス・マープル同様、あくまでフィクション内で活躍するキャラクターである。その訃報が歴史ある新聞の1面を飾ったのだが、記事では、同年10月に発売される『カーテン』内で、ポアロが死ぬことが報じられていたのだった。
一種の「ネタバレ掲載」が可能だった理由は後述するとして、まさにそれは、世界的なニュースだったのである。因みに、架空のキャラクターの訃報が載ること自体、1851年創刊のニューヨーク・タイムズでも、初めてのことであった。
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