サザエさんは「アガサ・クリスティ」の愛読者、NYタイムズが1面で報じた「ポワロ死す」…没後50年で振り返る「ミステリーの女王」秘話
ポワロの頭の秘密
もちろんポワロの人気は日本でも極めて高い。1958年には、あの江戸川乱歩がポアロを“演じた”ことも。当時、作家が芝居を披露する“文士劇”なる催しが盛んで、クリスティの「アクロイド殺し」を上演する際、乱歩が名探偵・ポアロを演じたのである(出演日付は限定)。ユニークなのが、当時の乱歩は既に禿げていたのだが、ポアロを演じるにあたり、わざわざ禿仕様のカツラを被ったのだという。これは一説には、「もともと禿げているから、ポアロ役にはピッタリだ」と客や関係者に指摘されるのを乱歩が嫌がったためだと伝えられている。
しかし、衝撃の事実もある。実は原作(原文)には、ポアロの頭部については、常に「an egg-shaped head」とあるだけで、これは髪の毛を薄くなでつけ、卵形の輪郭がわかる頭を示す表現である。つまり、どこにも禿とは書いていない。こちらも名作である『ABC殺人事件』(1936年)の出だしでも、ポアロが、髪を白から黒に染めたことに言及している。また、研究書の類いにも〈問題は頭が禿げていたかどうかであるが、額から頭の天辺にかけてのみ禿げていたと考えるのが妥当だろう〉(『アガサ・クリスティ読本』早川書房)とある。
ところが、和訳を見ると、例えば、「なにか夢幻的な月のような丸いものが(中略)あらわれた。それはエルキュール・ポアロのつるつるにはげた頭だった」(早川書房『愛国殺人』1955年刊)など、おしなべて禿頭という設定となっているのだった。当時の誤訳や味付けと言えばそれまでだが、乱歩のカツラ着用も、重ね重ねのご無礼ということか。
さて、クリスティと言えば、『オリエント急行殺人事件』や『ナイル殺人事件』(小説名は『ナイルに死す』1937年)など、映画化された作品も枚挙に暇がない。ここ10年ほどの日本に絞ってみても、テレビ朝日が4本、フジテレビが三谷幸喜の脚本で3本、クリスティの原作を翻案したドラマを放映している(※2)。ところが、映像化厳禁のクリスティ作品もあるのをご存じだろうか?
それは、世界最長のロングランを続ける舞台劇としてギネスに載っている戯曲『ねずみとり』。1952年の初演以降、クリスティの母国、イギリスはロンドンの娯楽地区、ウェストエンドで初演されてから、まだ続いている(※コロナ禍による中断はあり)。2025年3月19日には、遂に3万回目の公演を達成した。雪に閉ざされた山小屋を舞台に殺人が起こるが、どんでん返しもユーモアもあり、家族で楽しめる推理舞台劇である。
映像化が出来ない理由は明確で、初演当時の契約により、「ウェストエンドで同舞台が終演後、半年以上経過しない限り、映画やTVドラマなどの映像化は不可」とされたためである。つまり、このままでは、永久に映像化はないであろう。逆に言えば舞台でしか楽しめないだけに、全世界の人々が観劇に訪れるという、幸せな相乗効果を生み出している。1974年からはセント・マーティンズなる劇場で常打ちされているが、ロンドン塔やビッグベンとともに、観光ツアーに組み込まれることも多い名所となっている。
因みに、冒頭の、アガサ・クリスティが逝去した日、劇場は一旦、全て消灯され、その死を悼んだ。だが直後に明転し、舞台自体は開始された。当時の主演をつとめたブライアン・マクダーキッドの「公演を続けた方が、彼女は喜んでくれるはずですから」というコメントが残っている。実に9611回目の公演のことであった。
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