カズレーザーが泣いた『妻に捧げた1778話』 「1777話」に記された妻の最後の声とは――

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年間200冊を読むカズレーザーさんが「15年ぶりに泣いた本」とは――

 11月16日放送の「アメトーーク!」(テレビ朝日系)の「本屋で読書芸人」企画で、カズレーザーが15年ぶりに泣いたと紹介し話題を呼んだ本がある。眉村卓の『妻に捧げた1778話』だ。

 SF作家の眉村さんは、余命1年と宣告された妻のために、毎日1篇のショートショートを書き続け、妻に読ませていた。本書には、妻のために書かれた1778篇から選ばれた作品と、妻の闘病生活と長い結婚生活を振り返ったエッセイが収録されている。カズレーザーは「夫婦の絆の美しさが全部詰まってる。めちゃくちゃ泣けます。とてつもなく泣けます」と絶賛し、自分自身も1778話目を読んで「15年ぶりに泣いた」と紹介。その言葉を受けてその場で読んだ光浦靖子も、目に涙を浮かべていた。

1778話は「妻が亡くなった日に書かれた話」

 タイトルにある1778話は「最終回」。妻が亡くなった日に書かれた最後のお話。その原稿を、眉村さんは「自宅階下に妻の遺体。二階の机で書いた」と振り返っている。(以下引用は『妻に捧げた1778話』より)

 5年間、毎日欠かさず妻のためにショートショートを書き続けた眉村さん。「私が書いたものに対しての妻の反応は、こちらが予期していた通りだったときもあるが、おやと思ったことも少なくない。大笑いしてくれると期待していたのに微苦笑になったり、私が全然考えもしていなかった連想を口にしたり、で……私は、これほど長く一緒に暮らしているのに、自分には妻のことがろくにわかっていなかったのではないか――と、たびたび思い知らされたものだ」と、妻との日々を語っている。

 ショートショートを書くにあたり、眉村さんが自身で決めたいくつかのルールがある。枚数は、400字詰め原稿用紙で3枚以上とする。エッセイにはしない。必ずお話にする。内輪のお義理ものではなく、一編一編、商業誌に載ってもおかしくないレベルを保持するつもりで書く。病人の神経を逆なでするような話は書かない。夢物語でも荒唐無稽でもいいが、どこかで必ず日常とつながっていること……。このルールを妻にも宣言し、その制約の中でお話を書き続けた。しかし、眉村さんが、「自分で作った制約をかなぐり捨てて、ナマの気持ちを表に出してしまっている作品」と呼ぶお話がある。それが1775話、1777話、そして1778話である。1778話はもちろん“泣ける”のだが、今回はその中から、亡くなる前日に書いた1777話の一部を紹介したい。

亡くなる前日に書いた「1777話」

「彼は、書いた原稿を窓枠に置き、妻のベッドの横に腰を下ろす。

 妻は相変わらず、もはや覚めることのない睡眠を続けている。

 疲れていた。

 当然ながら、看病による寝不足もあった。

 ベッドの枠にもたれて、うとうとしたのだ。

 何かの気配に、彼は顔を上げた。

 振り返ると、少し空けてあった窓からの風で、原稿が散り、ばらばらになって床に落ちたのである。

 彼は拾いにかかった。

 そのとき。

『それ、エッセイやんか』

 という、まぎれもない妻の声が聞こえたのだ。

 元気だった頃の、張りのある声。

 彼は、ベッドの妻をみつめた。

 妻はただ眠っているばかり。

 だが、たしかに声は聞こえたのだ。

 彼はわれに返った。

 幻聴だろう。

 でも、幻聴でもいいではないか。自分にとっては、本物の妻の声だったのだ。自分には、本当の声だったのだ。

『ごめん、ごめん。悪かった』

 彼はベッドの妻に声を掛けながら、原稿の拾い集めを再開したのである」

 誰しもがいつか、この世を去る。それは避けられないことなのに、ついそのことを忘れてしまう。作家ではない私たちは、大切な人に対して、日々何を捧げることができるのだろうか。

デイリー新潮編集部

2012年12月18日掲載

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