「三木首相殴打事件」の右翼がすべてを目撃していた…保釈中の「田中角栄」にケタ違いの警備が敷かれた理由
昨年から続く“昭和ブーム”は、まだ終わりそうにない。振り返ると昭和の時代は、週刊誌が元気だった。あらゆるニュースを追跡、発掘、紹介してきた週刊誌の記事は、新聞・テレビが報じない様々な事象の“ウラ側”に鋭くメスを入れてきた。出版社系週刊誌では最も古い「週刊新潮」も今年で創刊70周年を迎える。象徴的な記事をもとに、その背景で記者たちが何を追い、記事化につなげてきたのか……第1回は発覚から50年となるロッキード事件、その主役でもある田中角栄元首相の「警備」をめぐる秘話である。
【写真で見る】田中邸の前に座り込みすべてを目撃していた男が、三木武夫首相を殴って逮捕された瞬間
首相を辞めても警備は厳重
憲政史上初の女性首相が誕生し、連日、ニュースでその姿が報じられている。当然、周囲には常に多くのSPが警護に張り付いている。女性首相だけに、女性SPの姿も目立つ。
だが、過去、すでに首相でもなく、ましてや保釈中の刑事被告人の身の上にもかかわらず、現役時代と同等の、いや、それ以上の警備陣に守られていた人物がいる。いわずと知れた、田中角栄元首相(1918~1993)である。
その異様なまでの警備の“実態”を、当時の週刊新潮(1982年7月29日号)が、詳細に報じていた。《暗殺を恐れる「田中角栄」の警備》と題する特集記事である。
いうまでもなく、田中角栄は首相時代の1974年、“田中金脈問題”を機に退陣。さらに1976年には、ロッキード事件が発覚し、受託収賄罪等に問われ逮捕。のちに保釈されるが、政治家は引退せず。その後も衆院選に立候補し、トップ当選をつづける人気ぶりだった。
その角サンが、1982年7月上旬、田中派代議士を励ます会に出席するため、北海道へ渡った。記事は、これがきっかけだった。
「北海道へわたった角サンは、3日の間、ゴルフ三昧でした。たまたま、その様子を“新潮社の陰の天皇”、斎藤十一重役が、TVのニュースで観て、驚いてしまったのです」
と、当時、週刊新潮編集部で若手記者だったAさん(現在、67歳)が回想する。
「ゴルフ場で、ものすごい数のSPが張り付いている。すでに首相でもない、しかも刑事被告人に、なんであんなに警備を付けるのか、税金の無駄遣いじゃないか――というわけです。3~4人のチームが編成され、さっそく取材がはじまりました」
たしかに、北海道での警備の様子は、すごかった。
《彼はこのツアーに自派の代議士を十数名、引き連れて来たのだが、この同行者はまとめてバスに乗せられ、角サンはもちろんプレジデントに。一行が空港から札幌市内に入るまでの沿道には、数百メートルごとに警察官が立ち並び、宿舎のホテル前には装甲車が配備されていた。》
ゴルフ場周辺は警察官や機動隊員に固められ、一般ゴルファーは、出入りするたびに、検問される。
《公式発表によれば、動員された警備陣は、角サンが北海道入りした初日が二百人、二日、三日目がそれぞれ百五十人。とてもその程度で収まっているとは思えないが、とにかく、いったいこのモノモノしさは何のためなのか。》
と、記事はつづいている。
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