地元政界の恩讐が渦巻いた「2021年横浜市長選」…カジノ誘致に反対した「ハマのドン」の思惑と「ミナトの裏面史」

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賭け事は揉め事の火種

 戦後日本のさまざまな「揉め事」を振り返りつつ分析する「揉め事の研究」。今回、批評家の篠原章氏が検証するのは、賭け事(ギャンブル)だ。賭け事は、売春、税金などと並んで、近代国家成立のはるか以前から、社会を揺るがすような「揉め事」の火種となってきた。【篠原章/批評家】

(全2回の第1回)

 記録に残っているところでは、18世紀序盤にフランスの財政金融政策を主導したスコットランド出身のジョン・ローが、当時の基準でいえば「ギャンブルすれすれ」の独自の金融政策(不換紙幣の発行)を実施して、ルイ15世治政下のフランス経済を大混乱に陥れ、これがフランス革命の誘因のひとつとなった、と言われる。そもそもローは、最期の時をヴェネツィアのカジノで迎えたほどの、根っからのギャンブラーだった。ローの試みだった不換紙幣の発行は、現在は当たり前の制度として定着し、金融経済の基盤として機能しているが、ロー自身はギャンブルを通じてこの着想を得たと言われている。

 日本にも古来様々な種類の賭け事があったが、富籤(※とみくじ)もその一つである。
 水野忠邦による天保の改革の一環として富籤が全面的に禁止される1842年まで隆盛を誇った。禁止の背景には倹約の精神に反し風紀まで乱している、という認識が隠されていたと思われる。

 とはいえ、現代も「宝くじ」として生き残っているのはご存じの通りである。

「カジノの賛否」と2021年横浜市長選

 現在も、賭け事は依然として揉め事の火種であり続けている。たとえば、横浜へのカジノ誘致(IR誘致)をめぐる一連の騒動がその好例だ。

 コロナ禍の最中の出来事だったため、多くの日本人はこれにさほどの関心を持たなかったようだ。また、この揉め事は金や利権といった単純な要因によるものではない。

 横浜という土地と「外圧」を巡る長い物語の一部だと捉えると、この時見られた揉め事の見え方は変わってくるのだ。
 
 2021年8月22日、約378万人と日本最大の人口を擁する基礎自治体である横浜市の市長選が行われた。最大の争点は横浜への統合型リゾート(IR)誘致に対する賛否。IRの目玉はカジノなので、事実上「カジノ誘致に対する賛否」を問う選挙となる「はず」だった。カジノ反対の候補とカジノ推進の候補との対決になる、と誰もが予想したが、蓋を開けてみると、有力候補が軒並みカジノ誘致に反対する姿勢を示したのである。

 これには横浜市民ならずとも驚いた。その2年前の2019年8月22日、現職の林文子市長は「IRについては白紙」(2017年夏の市長選時)の姿勢から「IR誘致」の姿勢に転換していた。当然、与党の後押しを受けての転換である。

 一方、2021年市長選の頃、市民のあいだでは「IR誘致反対」の声が次第に膨らんでいた。それを踏まえ、立憲民主党の横浜選出の衆院議員・江田憲司が中心になって選んだ、ほぼ無名の候補・山中竹春(横浜市立大学教授/コロナに関するデータ分析の専門家)はもちろんのこと、もとはIR誘致に積極的だった自民党市連が推す小此木八郎(自民党衆院議員・国家公安委員長を辞しての出馬)まで誘致反対の立場を鮮明にしていた。つまり林以外の有力候補に誘致推進派は誰もいなくなってしまったのだ。

 自らと共にIR誘致を推進してきた自民党市連の「裏切り」とも見える行動に対する林の落胆は想像に難くない。

 そこで、三期目を終えて引退も取り沙汰されていた林は、市長としてIR誘致を決断した経緯を踏まえ、「推進」を掲げて「無所属」で出馬する決意を固めた。

「自民党に梯子を外された」感のある林にとって厳しい選挙戦が予想されたが、それでも出馬を表明したのは、自民党に対する意趣返しであり、今や死語となりつつある「不適切な表現」を交えていえば、玉砕覚悟の実に「男らしい」行動だった。

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