地元政界の恩讐が渦巻いた「2021年横浜市長選」…カジノ誘致に反対した「ハマのドン」の思惑と「ミナトの裏面史」

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菅義偉の“梯子外し”

 それにしてもなぜ自民党は自ら推進派に転向させた林の梯子を外したのだろう。

 梯子外しの主役は、横浜市に地盤を置く衆院議員・菅義偉(当時官房長官/後に首相)である。

「横浜政界」を牛耳る実力者の菅は、2021年の横浜市長選で「IR誘致反対」の小此木が出馬表明すると、これを全面的に支援して、IR誘致推進を主張する林をまったく支援しなかった。それどころか、林が年初に患った帯状疱疹や75歳という年齢に難色を示して、立候補自体に否定的な姿勢を見せたのである。

 ここには政策論とは別の論理が働いていた。

 菅は、小此木の父・彦三郎(元衆院議員/元建設大臣・通産大臣)の秘書を長く務めた経験があり、小此木家では家族同然の扱いを受けていた。彦三郎の逝去を受けて、後継者となった八郎の後見人ともいえる立場だった。そうしたパーソナルな関係もあり、IR誘致反対派であろうとも小此木を支援することにした。いわばIR推進より彦三郎時代からの「恩と義理」を重視したのである。

 ただし、理由はそれだけではないだろう。市長選の時点で、横浜のIR事業者として名乗りを上げていた複数のアメリカ系カジノ企業が、コロナによる業績悪化を理由に事業計画を撤回し、香港系企業とシンガポール系企業の2社しか残されていない状況だった。アメリカ系企業の横浜からの撤退も、菅の方針の転換に大いに関係があると推定される。

 結局、この時の市長選は、「推進派vs反対派」の構図にはならなかった。有力候補とされる5人のうち林を除く4人がIR誘致反対の立場。そのため「争点としてのカジノ」は後退してしまったからだ。

 結果、当選したのは、IR誘致反対を掲げて登場しながらも、政治経験のまったくない山中だった。市長としての実績を強調する一方で、IR誘致の推進を約束した有力候補・林は惨敗した。

 選挙後、「IR反対派の勝利」あるいは「自民党が候補を絞りきれなかったことが無名だった山中の勝因」などと分析されたが、筆者はこの分析では満足できない。敢えてひと言でいえば、「外圧」による港湾都市・横浜の発展を、「ハマのドン」こと藤木幸夫(藤木企業会長)に象徴される「ミナト(横浜港)を愛する市民」が拒んだ、という構図が背景にあると見るべきだと考えている。

 横浜は、ペリーに開港を迫られ、そのおかげで大きく発展した都市だが、1923年の関東大震災と1945年の横浜大空襲で壊滅的な打撃を受けた。さらに終戦直後、米軍が進駐して基地を設け、その恩恵に浴す一方で甚大な被害も被ったが、その都度、港湾関係者を軸にほぼ自力で這い上がってきた。国や東京都の方針に翻弄されながらも、「東京のベッドタウンとは言わせない」という気概で、つねに独自の道を切り拓いてきたのである。

 その横浜に、外国資本のカジノ企業が新たなる「侵略者」として襲いかかろうとしている。21世紀における黒船襲来だ。餌食にされてたまるか。IR誘致反対運動に参加する横浜市民のなかには、藤木を筆頭にそうした覚悟で臨む人々も少なくなかった。

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