世界は「依存症のワナ」であふれている 買い物、スマホ、ギャンブル、仕事……中毒のタネが尽きない時代

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 芸能人や元芸能人ら有名人が薬物使用で複数回逮捕される事例が後を絶たないことは、依存症から抜け出すことの難しさを示している。薬物の場合は、警察が強制的にストップをかけることもあるが、アルコールやギャンブル、あるいはゲームやスマホへの依存となると、そうした強制力も働かない。

 米スタンフォード大学医学部教授で、依存症医学の第一人者、アンナ・レンブケ氏は著書『ドーパミン中毒』の中で、現代人が置かれた状況に警鐘を鳴らしている。

 レンブケ教授によれば、私たちはかつてないほど依存症のリスクにさらされて生活しているというのだ。そのような現状を認識しておくことは、転ばぬ先のつえとなるかもしれない。以下、レンブケ教授の指摘を同書から抜粋・引用して「依存症のワナ」に囲まれている私たちの現状を見てみよう。

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指摘(1)デジタルドラッグが流通している

「今、世界には以前は存在しなかったデジタルドラッグが流通している。以前実在していたものも今はデジタルプラットフォーム上に存在しており、そのため指数関数的に利用しやすく強力になって増殖してしまった。(略)オンラインカジノ、オンラインゲームなど数限りない。

 さらにテクノロジー自体に依存性がある。ライトが輝き、ファンファーレが鳴り、底なし沼。そこで時間を費やせば費やすほど大きな報酬が与えられる触れこみだ」

指摘(2)ネットショッピング「依存症」も深刻化

「消費という行動自体もドラッグとなっている。私の患者のベトナムからの移民、チーはオンラインで商品を検索し、買うというサイクルにハマってしまった。何を買うかというところから興奮が始まり、それは配達を待っている間も続き、パッケージを開ける瞬間に頂点に達するらしい。

 残念ながら、アマゾンからの荷物のテープを剥ぎとって中身が現れてしまうと、その興奮は続かない。彼は安物の商品でいっぱいになった部屋と数万ドルの借金を抱えた。そうなってさえ彼は止めることができなかった。そのサイクルを回し続けるためにもっと安い商品──キーホルダーやマグカップ、プラスチックのサングラスなど──を注文し、到着するやいなや返品するという手段に出たのだ」

指摘(3)暇な時間が増えてしまった

「衝動的な過剰摂取をもたらすもう一つの因子は余暇の時間が増えていることだ。余暇の時間が増えて私たちは退屈を持て余している。

 農業、製造業、家事その他の以前だったら時間と労力とを要した仕事が機械化され、人々が1日当たり仕事に費やす時間が減り、余暇の時間が増えることになった。

 南北戦争(1861~1865)直前、アメリカの平均的な労働者は農業従事者でも製造業従事者でも1日につき10~12時間、1週間につき6日半、1年につき51週間働いており、余暇の活動に費やすのは1日のうち2時間あるかどうかだった。多くは移民女性だが、中には1日13時間、週に6日働く労働者もいた。また、奴隷として働かされていた人もいた。

 現在、アメリカ人の余暇の時間は1965年から2003年の間で週に5.1時間増えた。年計算では270時間の増加である。2040年までには、アメリカで暮らす人の典型的な余暇の時間は1日7.2時間、働く時間は3.8時間だけになるのではないかと予想されている。他の高所得国も同様である。

 アメリカでは余暇の時間の長さは学歴や社会経済状況によって異なるが、それはあなたが今想像する通りにではない。

 1965年のアメリカでは学歴が高くない人も高い人も余暇の時間は大体同じだった。一方現在、アメリカの成人で高卒資格を持たない人は学士号やそれ以上の資格を持つ人よりも42%余暇の時間が長い」

指摘(4)一方で、高収入ホワイトカラーに「ワーカホリック」が増えている

「『ワーカホリック』と呼ばれる人々は社会の中で賞賛される存在だ。ここシリコンバレーほどそうである場所は他にない。平日だけで週100時間はもちろん、24時間365日いつでも仕事ができる状態になっているのが当たり前である。

 2019年、それまで私は3年間毎月仕事で出張していたのだが、仕事と家庭のバランスを元に戻そうと考えて出張を減らすことにした。最初はその理由をそのまま先方に伝えていた。家族との時間を増やしたいからと。しかし、『家族との時間は大事』というヒッピー的な理由で誘いを断ることに人々は困惑と怒りを覚えるようだ。結局、『他の仕事がある』ということにしたらあまり抵抗にあうことはなくなった。別の場所で仕事をすることは容認されるようだった。

 ボーナスやストックオプションの見通しから昇進の約束まで、ホワイトカラーの仕事には目に見えないインセンティブがたくさん織り込まれている。医学の分野でさえ、医療従事者はより多くの患者を診察し、より多くの処方箋を書き、より多くの手術を行おうとする。そうするようにインセンティブを与えられているからだ。私は毎月、自分の生産性がどれくらいだったか、すなわち自分の所属する病院のために私がいくら分の請求書を出したかという報告書を受け取っている。

 対照的にブルーカラーの仕事はますます機械化され、仕事自体にやりがいを得ることが難しくなっている。遠くに利益を得る人がいて、その人に雇われて働くという形だと自律性は減り、経済的な報酬も控えめとなり、共通の目的のために働いているという感覚もほとんどなくなってしまう。バラバラに流れ作業の一つとして働くことで達成感を持つことは難しくなり、最終的な成果物を受け取る消費者との接点も最小限にされてしまう。達成感と消費者との接点は仕事に対する動機を作る要である。それらが減ってしまう結果として、『辛い仕事には遊びがなければ』という精神性で、退屈な骨折り仕事をやった一日の終わりに衝動的な過剰摂取をすることになるのである。

 それなら高校に行かず、賃金の安い仕事に就いている人があまり働かなくなり、高学歴で高い賃金を稼ぐ人がますます働くようになるのは納得できる。

 2002年までに、賃金で上からトップ20%の人は下位20%の人よりも約2倍も働く時間が長くなった。その傾向は今でも続いている。経済学者たちはこの変化について、経済の食物連鎖の頂点にいる人たちの報酬が大きくなっていることが原因だと分析している。

 私は時々、仕事を一度始めるとやめるのが難しいと思うことがある。深い集中に入る“フロー”と呼ばれる状態はそれ自体がドラッグであり、ドーパミンを放出し高揚状態を作り出す。それ以外何も考えられないというこの種の集中状態は、現代の豊かな社会の中では高く報酬が与えられることになるものだが、それ以外の人生のものごと──友達や家族との親密なつながりから私たちを切り離す罠にもなり得る」

指摘(5)そもそも薬物が以前よりもはるかに強力になっている

「今日の大麻は1960年代の大麻と比べて5~10倍強力であり、またクッキー、ケーキ、ブラウニー、グミ、ブルーベリー、ポップタルト、トローチ、オイル、アロマ、チンキ剤、紅茶……挙げればキリがない形態で手に入るようになっている。(略)

 よりアクセスしやすく、より強力になったことで多剤併用、すなわち同時に、あるいは時間的に近接して複数の種類のドラッグを使用することが一般的になった。私の患者の一人、マックスはどんなふうに人生でドラッグを使ってきたか、口で説明するよりも絵に描いた方が簡単だと描いてくれた。

 彼の描いた図はこうだ。17歳の時にアルコールとタバコと大麻(俗に言う「メリージェーン」)を始めた。18歳までにコカインを吸うようになった。19歳でオキシコンチンとザナックスに切り替えた。20代の間はパーコセット、フェンタニル、ケタミン、LSD、PCP、DXM、MXEときて最終的にオパナにたどり着いた。強力なオピオイド系鎮痛剤である。それがヘロインへとつながって、30歳で私に会いに来るまで使い続けていた。10年と少しの間に、14種類もの薬物を経験してきていた」

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 あらゆる合法、非合法のビジネスが顧客の「依存度」を高めようと戦略を練る。刺激を強くし、常習性を高めようとあの手この手を繰り出し続ける。ヒマな時間が多いほどカモになりやすい、仕事にのめり込むことにもリスクがある――私たちはなんとも厄介な時代に生きているのかもしれない。

『ドーパミン中毒』より一部抜粋・引用。

デイリー新潮編集部

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