「浪人時代の年収はいまで言うと1000万円」 上皇陛下の執刀医が語るアルバイトのススメ 「外科医としての力量のベースは、パチンコ」
浪人時代の年収は今で言うと1000万円
浪人時代最大の収入源はパチンコでした。当時は手打ち式でほぼ100%技術依存のギャンブルだったので、確実に儲かるんです。技術のある奴が勝つ。そこで、徹底的に「玉を出す」ことを鍛えた。
朝、「行ってきます」って家を出て、予備校に行かずにパチンコ屋へ直行し、閉店まで打ってました。当時で年収300万円から350万円ぐらい。今で言うと1000万円くらいでしょうか。しかも税金を払うことも知らなかった(笑)。
朝10時から打って1台打ち止めにして、ほかの人が出せなかったちょっと渋い台を出して、夕方から新装開店に並ぶんですよ。新装開店は釘開けて新台を開放するんですけど、まあ大体出るんですよ。普段1日4000発のところが、3時間そこらで3000発ぐらい出ちゃうんです。
毎日新装開店があるわけじゃなく、せいぜい週1ぐらいかな。「明日、川越で新装開店がある」なんて情報を聞きつけて行くわけです。で、打って出して帰ってくると。そういう生活をしてましたね。
外科医としての力量のベースは、パチンコ
〈当時から“ゴッドハンド”だったというから驚きだ。〉
パチンコで、外科医としての力量のベースが培われましたよ。昔のパチンコは1打1打をしっかり、ハンドルを引っ張って打つ。それが手術に活かされたんですよ。かつて“鉄腕稲尾”は幼少期に船で櫓をこいで腕力をつけた。それと一緒ですよ(笑)。
メンタルも鍛えられました。粘りと頑張り。そして、どんなにうまく出る良い台でも必ずスランプがある。スランプ時は粘って粘って現状維持を心掛ける。パチンコの場合、出そうとするんじゃなくて、減らさないということです。それから方向転換すれば必ず克服できるっていうね。そんなことを1年半ぐらい経験として叩き込んだ。だから「どんな困難な状況に陥っても、それがずっと続くことはない」という自信が身についたし、今もそれは染みついています。
それから、しっかり準備して、状況を把握して、今でいうエビデンスやファクトみたいなものを自分の中に蓄積して、「この台は絶対出る台だ」っていう確信を持って打つ。それによって、いっとき出なくても、いずれ爆発させられるんですよ。その成功体験は、明らかに今の自分を支えていますね。
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