「浪人時代の年収はいまで言うと1000万円」 上皇陛下の執刀医が語るアルバイトのススメ 「外科医としての力量のベースは、パチンコ」

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「ワークライフバランスを捨てる」との首相発言が議論を呼んだ。一方、もっとアルバイトしたくても“年収の壁”のせいで働けない学生の嘆きも聞こえる。“闇バイト”の落とし穴も待ち受ける昨今、我々はいかに働くべきか。天野篤氏(70)が“勤労”の意義を問う。

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〈心臓血管外科医で順天堂大学医学部特任教授の天野篤氏は2012年、上皇陛下(当時の天皇陛下)の冠動脈バイパス手術を執刀して成功させ、「上皇陛下の執刀医」として広く知られている。〉

 10代から20代前半ぐらいの若者たちと話をすると、「自分はいざというときに力が出せないんですけど、どうしたら出せるんですか。どうしたら難しい状況の中で力が出せるんですか」という質問を多く受けます。

 彼らは、色々と早い段階から社会の中で選択を迫られる場面に直面しているものの、いざというときに力を発揮できないという経験を既にしてしまっている。例えば入学試験や模擬試験で、勉強しても点が取れないとか、思う通りに勉強がはかどらないとかで力を発揮できないと感じている。または自信がなくて、ここだと思うところで挑戦する気持ちが湧かない。今、そういう若者が多いように思います。

 スマホやインターネットの中で自分の相手をしてくれる、時間を潰せる、そんな世界はいくらでもあるでしょう。でも、今の日本に、他のアジアの国からやってくる同世代の若者を見てください。彼らはチャンスを掴もうという思いでやってくる。そんな彼らとまともに渡り合うために一番大切なのは、リアルワールドで積極的にコミュニケーションをとることです。そして、それを社会の風習として自然とやってきたのが、我々の時代のアルバイトでした。

実家のガソリンスタンドの手伝い

〈では、天野氏は具体的にどんなアルバイトをしてきたのだろうか。〉

 中学1年生の夏休みから、実家のガソリンスタンドで給油作業の手伝いをして小遣いをもらっていました。石原裕次郎が日産ブルーバードでサファリラリーに出る「栄光への5000キロ」という映画が公開されたりして、クルマへの憧れがあった時代です。ちょうどその頃、自動洗車機が世に出たんですけど、綺麗に拭き取れないので、人力でやる。ついでに、お客さんの車の中にも入って、メカニカルなものを見たり触ったり。運転はできませんが、すごく新鮮で刺激的でした。

 高校では、夏にプールの監視員をやりました。中学で水泳部だったので。水泳教室のコーチもやりました。

〈大学受験には失敗。高校卒業後、すぐに運転免許を取り、車で予備校に通い始める。父親が体を壊したこともあり、これらのアルバイトは浪人中も続けたが……。〉

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