ポケベルに来た「88981064」のメッセージ…送り主は恋人じゃない まだ終わらない先輩女子の“影”【川奈まり子の百物語】

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食い違い

――彼をはねた自動車の運転手は「突然目の前に自転車が現れた」と証言したそうである。
 
 見通しの良い直線道路だった。

 そこを走ってきた普通乗用車にはねられたのだ。

 彼がB先輩を避けようとして車道の真ん中に躍り出てしまった直後だったとは言え、直進車のドライバーの視界に忽然と出現したというのは、少し不思議な気がする。

 結局、この事故は脇見運転によるものとして片づけられた。

 彼は左側の鎖骨と上腕を骨折し、顔を含めて全身の複数ヶ所に打撲や擦過傷を負ってしまったとのことだが、命に別状がなかったのは不幸中の幸いだったと言えるだろう。

 1週間の入院中にも尋常ではない出来事があった。

 まず彼を驚かせたのは、A子がポケベルでメッセージを送っていなかったという事実だ。

 彼が「早く会いたいよ」というメッセージを彼女から受け取ったとき、実際には彼女はまだ眠っていた。そして、それより30分ぐらい後の午前7時頃になって、彼が受信した覚えのない「09106(起きてる)」とメッセージを送ったというのだ。

 他にも記憶の食い違いがあった。

 前夜に悲鳴をあげて騒ぎ、電話を切ってしまったことについても、A子の記憶は異なった。

 見舞いに来たA子は、事故の前後の経緯を彼にくわしく説明した。

「B先輩について話していたら利幸くんが急に黙り込んで、何を話しかけても全然応えてくれなくなった。だから仕方なく私が『もう切るね。おやすみ。また明日話そう』って言って電話を切ったんだよ?」

「……そうなのか?」

「そうだよ! その後は、先輩のことを思い出して怖くなっちゃったから蒲団を被って眠ってしまって……。朝の7時ぐらいに起きたら父から『夜遅く彼氏から電話があったぞ』と言われて、気になってポケベルを見たら利幸くんの『何してる?』ってメッセージが届いていた。とりあえず返事を送って、もうちょっとしたら電話しようと思っていたら、なんだか外で利幸くんの声がしたような気がして、窓からようすを見たの。そしたら自転車で車の前に飛び出したところで、驚いて注意しようとしたんだけど……間に合わなかったね」

 A子の態度は落ち着いていて冷静だった。

 嘘をついているようにも見えなかったが、利幸さんは信じられない気持ちだった。

盛り塩

「あのとき会話の途中でA子は急に悲鳴をあげたよね? だから心配して電話したんだ」

「違うよ。悲鳴なんてあげてない。利幸くんが、いきなり黙りこくっちゃったんだよ」

 あまりのことに、彼は考え込んでしまった。

 彼の認識とA子の話に齟齬があるのだが、どうやらA子の言っていることの方が現実に即しているように感じられた。

 ならば、幻聴や幻覚を体験したに違いないと思うほかない。

 押し黙った彼に向かって、A子は「母に相談したら、これを持っていけって」と言って、持っていたバッグの中から小さなビニール製のパウチと白い醤油皿を取り出した。

 パウチの中には一握りほどの白いものが入っている。

「これは、いつもうちの神棚にお供えしている浄め塩なの。お皿に盛り塩するように言われたんだけど、どこに置こう?」

 結局、ベッドの下に盛り塩を置くと、A子は帰っていった。

 入院中、彼は毎晩B先輩の夢にうなされた。

 夢は通常、朝起きるとすみやかに忘れてしまうものだが、これに限ってはしっかりと記憶に刻みつけられて、時間が経っても忘れられなかった。

――夢で彼はB先輩に追いかけられていた。部室にいたところを突然しがみついてきた。それを突き飛ばして逃げたのだが、どこまでも追い掛けてくる。必死で逃げ続けるうち、この病室に辿り着き、ベッドに潜り込むと――

 ドアが「トンッ」と1回ノックされるのだ。

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